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 1 日本人学校、補習授業校への道

  在外の教育施設(日本人学校、補習授業校)へ派遣を希望している公立小・中学校の皆さんのために、志願から派遣決定までの流れについて説明したいと思います。

  マドリッド日本人学校
  前の項でも触れましたように、4月下旬に各学校へ届く 「在外教育施設派遣教員希望者の選考につい て」の文書がスタートになります。気をつけなければならないのは、この文書、実に忙しい文書でして、うっ かりしていると締め切りを過ぎてしまい、間に合わなくなってしまいます。
  「在外日本人学校等希望者調書」に、校長の意見(実質的には推薦書)を付け、市町村教育委員会へ提 出します。


   論文試験・面接試験
  次に教育事務所では論文と面接の試験があります。
  論文は、管理職試験の「大論」をイメージしていただけるとわかり易いと思います。60分の時間内で与え られたテーマについて論じます。B4サイズの解答用紙ですから,相当のスピードが必要です。面接は個人 面接で、在外教育施設派遣教員志願の動機、海外に在留している子供たちの教育に対する熱い思いなど、しっかり伝えましょう。


   マドリッド日本人学校ホール
 
  次は県教育委員会の面接です。ここでは個人と集団の面接があります。個人面接では、派遣  教員としての幅広い人間性、能力・資質・適性、家族の状況、配偶者の派遣に対する考え等、 あらゆる角度で見られています。しっかりと答えましょう。集団面接は5〜6人のグループで、与え られたテーマについて論じます。在外教育施設での管理運営上の問題、教育課程編制・実施上の問題などを60分程度で討論するわけですが、ここでも、日頃実践していることがらをはっきりと、かつ自分の考えをしっかりと述べましょう。

  
  文部省の最終選考
  
そして、いよいよ最後が文部省の面接となります。県教育委員会と同じように、個人と集団の  面接です。面接官は外務省、文部省、県教育委員会、日本人学校校長経験者の4人です。
  9月下旬に行われるこの最終面接、私は5年前には受ける立場で、そして平成9年度は試験官 の立場で経験しましたので、その時の様子を思い出しながら、心構え等についてまとめてみまし                             た。

  平成9年度の場合、文部省の最終選考の段階での競争率は、教諭が481名の採用に対して、都道府県の推薦が1,046名、同じく教頭が32名 の採用に対して70名、校長が37名の採用に対して、61名の都道府県推薦でした。
  教育事務所、都道府県教育委員会の段階でもかなりの競争率ですから、日本人学校への道は、厳しい道程となります。
  でも大丈夫、あきらめないで下さい。チャレンジです。

  個人面接
  では、文部省の最終選考の様子について、出来るだけ詳しくお伝えします。
  選考会場は、文部省の隣にある国立教育会館です。
  先ず個人面接です。ノックをして会場に入ると、前記4人の面接官が正面に座っており、入り口そばで、文部省の担当官が「どうぞ」と言って、  世話係りをつとめてくれています。5人の視線を一気に受けるわけで、あれは相当なインパクトです。
  落ち着いて下さい。先ず最初に、一分程度で自己紹介をします。ここで、人柄の半分はわかってしまいます。一分程度と言っているのに、30秒 ぐらいで終ってしまったり、逆に一分をはるかにオーバーしてしゃべっているようでは、とても合格点はつきません。中には試験官に「そのへんで 結構です」と止められているつわものもいます。

  続いて4人の面接官から、次々と質問があります。
  「在外教育施設派遣教員志願の動機は」「海外子女教育の必要性」「配偶者の同意、家族の状況は」「健康状況は」「北米・欧州等先進国だ けではなく、アフリカ,中南米、アジア・中近東等発展途上国の方が多いのですよ」「現地社会になじめない子の指導をどうしますか」「在外教育  施設では、教材・教具が不足している。あなたはどうしますか」と言うように、かなり具体的で、突っ込んだ質問が目立ちます。
  「中央教育審議会二次答申の柱立ては、またキーワードは」「同じく二次答申においては、海外に在留している子供たちの教育をどのように言 ってますか」と言うように、相当勉強していないと答えられないような内容もあります。厳しいです。
  それでも落ち着いて答えましょう。ここ(文部省)までくると、どちらかと言えば、人柄を見ているのですから「海外子女教育に対する深い理解と 熱意」「現地各国の厳しい生活環境、教育条件からくる困難な状況においても、忍耐強く同僚と協調して職務を遂行する堅固な意志と気力を有 する熱き思い」を素直に伝えましょう。

  集団面接
  集団面接は管理職のみです。
  面接官はやはり4名、世話係り1名の構成です。
  テーマが与えられ、5〜6名のグループで論じます。時間はたしか60分だったと思います。
  受ける立場での5年前を思い出してみると、一人でしゃべり過ぎないように、かつ,引っ込み過ぎないように、そして日頃の教育実践を振り返っ  て発言していたような気がします。もちろん関係法規、根拠等をきっちり述べることは申すまでもありません。
  一方、面接官の立場で言えることは、在外教育施設の教諭、管理職としての幅広い人間性、能力・資質・適性の観点から厳しい目で見ている わけでここでは,ごまかしは通用しません。
  汲めども尽きない深い教育愛、教育のあり方に対する先見的洞察力、毅然たる決断力、明朗・健康で包容力のある人柄が総合的に見られて いるのです。


   派遣までの日々

  9月中旬の文部省での最終選考終了後、1日1日がとても長く感じられました。
  12月初旬「派遣教員候補登録者の決定について」という、待ちに待った合格書を受けとり、喜びを噛み締めていました。

  さあ,研修だ!

  平成6年1月、熊谷市立富士見中学校長の身分のまま、文部省への通勤が始まりました。
  午前中は、文部省で在外教育施設の適正なる管理・運営のための学習、午後は文部省から歩いて5分ぐらいのところにある「ソニー・スペイン 語会話スクール」でスペイン語の特訓の毎日です。
  この間、たしか1月の下旬だったと思うのですが、筑波で一週間、泊まり込みの研修があったのですが、マドリッド日本人学校へ派遣が決って いる職員と初顔合わせをしたり、海外子女教育の現状、派遣教員に期待する、と言う内容の講義を受けたり、実際の渡航手続き、派遣教員の  身分,待遇、医療給付についての説明を受けたり、こちらが不安に思っていることが良くわかる、内容の濃い研修だったなと思っています。
  とりわけ、同期の仲間と一緒に生活することにより、人間関係が深まり、あらゆる面で、これから3年間の力強い見通しがついたことは、私にと って何事にもかえがたい財産になりました。
  筑波から帰り、スペインへ荷物を送ったり、とにかくバタバタしているうちに、4月1日を迎えてしまいました。
  この間、家の管理と市役所への手続き、車の処分、関係者への挨拶等が主な仕事だったような気がします。


                                                    平成9年11月30日(日)
                              「マドリッド通信」を出版するにあたり書き下ろしたものの抜粋です。