校長夫妻のスペイン生活さぁ、スペイン生活の再開!

先ずは住宅探しから


ラス・ロサスの私たちのピソ。
 マドリッドへ赴任して最初の仕事は,住宅探しでした。空港からホテルへ直行し,一服する暇もなく,これから生活することになる街とピソを決めなけ ればなりません。ホテルはあらかじめキッチン付のホテルを予約しておいたものの,1週間が限度かな,と思っていましたので,さっそくマドリッド市内の 不動産業者に相談すると同時に,新聞セグンダ・マーノを買い求め,こちらの条件に合ったピソ探しが始まりました。
 妻と二人の生活ですから,日本人学校時代のように,広い住まいは必要ありません。学校に近く,2LDKで車庫付,加えて妻から新しいピソという希望 です。マドリッド市内,学校近くのマハダ・オンダ,ラス・ロサスの街を見てまわりましたが,結局,前に住んでいたラス・ロサスの街のピソに決めました。平成9年当時工事をしていた新しいピソです。このピソですと,電車の駅へも,バスの停留所へも歩いて5分ぐらいの便のよさで,スーパー・マーケットも すぐ近くです。
 問題は家賃ですが,契約の時に敷金2ヶ月分,だったかな?少しまけさせたような気もします。家賃が125,000Pts。車庫代10,000Pts,計135,0 00Ptsでサインをしました。もちろん,ピソはいろいろありまして,あまり条件を厳しくしなければ,7〜80,000Ptsぐらいからあリますので,自分の足で 探せばまだまだ見つかります。

労働許可・居住許可証の取得

 次が,労働許可証と居住許可証の取得です。これがなければ,マドリッド補習授業校校長の仕事は出来ません。ここが日本人学校校長と違うとこ ろでありまして,日本人学校時代は公用旅券で身分はエキストラ・チャンセラー,つまり外交官身分でありましたので,非居住者として3年間過ごし ましたが、今回は一民間人としての赴任ですからそうはいきません。東京のスペイン大使館,スペインの日本大使館,警察署に何度も足を運んで, 6月4日にやっと労働・居住許可がおりました。
 次の仕事は,労働許可証と居住許可証を持って,住民登録です。ラス・ロサスの市役所で無事登録を済ませたのですが,担当のSra.から,「選 挙権もありますよ」といわれたときは,当たり前のことなのですが,非常に複雑な気持ちでした。

車購入物語り

 ラス・ロサスの街で生活をするにあたって,車は必需品です。さっそく,マドリッドの街へ繰りだし,ディ−ラーを見てまわりました。あるある,さすが EU,私がどうしても乗りたかったアウディ−A4の銀メタリックがずらりと並んでいます。すぐに契約をと思ったのですが,契約金を100万Pts用意し ないとだめだと言うんですね。そんなこと言ったって,私の口座は,まだ日本の銀行にあるままだし,この時期,当座の資金だけしか現金は用意して ないものですから,わけを話しても「No」なんですね。VISAカードもだめだと言うものですから,本当に困ってしまいました。
 すぐにラス・ロサスの街へ帰り,東京の銀行と提携しているラス・ロサスの銀行で口座を開き,為替送金の手続きをしました。しかし,すぐには送金 されませんから,何日か待ちましたが,それでもさすがです。4日で届きました。この後,為替送金には大変お世話になることになるのです。
 ところが,ここまではスムーズに事は進んだのですが,車の登録の段階になってさあ大変です。あの書類を出せ,この書類を出せとさんざん振り 回され,手元に車が届いたのは,何と6月8日でした。契約金を払ったのが4月29日ですから,1ヶ月以上かかったことになります。ドイツ車とはい え,目の前にある車を客が「現金で買う」と言ってるのに,売るほうがこれですから。ああ、でも日本ではないんでしたね。アスタ・マニア−ナで,悠然 としていなければうまい付き合いが出来ないんだったっけ。そうそう。