小・中学校教育再生への道

 
                  − 深刻な小中学生の学力と論文力の低下 −


  フェリペU世大学・翻訳学部
 PROFESOR  加 瀬    忠

 「カセ41会教育懇談会」の席上で出た質問事項のうち、学力が低下してしまった日本の小・中学校教育の今後について、要点を抜粋して問題提起します。特に、今、小・中学生前後のお子さんをお持ちの保護者の皆さんには、「日本の教育はこのままで良いのか」という視点でお読みいただきたい。そして、わが子の今後の教育をどうするのかをお考えいただきたい。

 
41会 基調講演をお伺いして、現在の日本の小・中学校教育の問題点が良くわかりました。それでは、具体的に何を、どのようにすれば、学力の低下してしまった日本の小・中学校教育を再生することが出来るのでしょうか。我が家でも中学生がいるものですから、大変気になります。

 総授業時数を2002年以前の1050時間への復活が急務

 
加瀬 先ず、中学校(もちろん小学校も)の総授業時数を、現行の年間980時間から1050時間に戻すことです。学習指導要領に示した、各教科・領域の指導内容も、2002年4月以前の内容に戻さないと、子供たちの学力はまだ低下します。
 中学校の指導時数を年間70時間、指導内容を30%近くも減じてしまえば、子どもたちの学力が低下するのは当たり前、誰でもわかる自明の理であります。新しい学習指導要領が2002年に全面実施されて、5年目を迎えるわけですが、これの改正は焦眉の急です。

 
41会 総授業時数を980時間から1050時間に戻しますと、また中学校教育が過密ダイヤになって、子どもたちの日常が多忙になりませんか。詰め込み教育の復活になりませんか?

 学習の基礎・基本は「読み・書き・そろばん(算数・数学)」


 
加瀬 いやいや、小学校・中学校の子どもたちにしっかりと基礎・基本を指導し、基礎学力を身に付けさせなければいけません。学習の基礎・基本とは、読み、書き、そろばん(算数・数学)のことです。この能力を、小学校・中学校時代にしっかりと学ばせなければ、大人になってからでは機を失してしまいます。「詰め込み教育」と、言いますが、元来学習の基礎・基本は、詰め込まなければ身に付くものではないのです。学習することは楽しいことばかりではありません。少し辛く苦しい体験を通して学は成り、人格の土台が完成されるのです。

 
41会 総授業時数を、現行の980時間から1050時間に戻すことは、すぐに出来るのですか。また、学校5日制との兼ね合いはどうなりますか。

 土曜日復活論も国民的レベルで

 
加瀬 学校教育法施行規則第54の2及び別表2等の関連法規・規定等を改正しなければなりませんから、一定の手続きが必要になります。現行の5日制のままで、年間1050時間の授業を復活させるとなると、1日6時間の授業を5日間行って、トータルで週30時間、年間35週ですから、1050時間となりますが、これでは、私の中学校長時代の経験からして、学校運営上少し無理があります。土曜日の復活論も国民的レベルで議論する必要があるでしょう。

 
41会 「総合的な学習の時間」と言うのはどうなのでしょうか。必要ないような気がするのですが。

 
加瀬 「総合的な学習の時間」に問題があるのではなく、「総合的な学習の時間」の取り組みに問題があるのです。「総合的な学習の時間」特設のコンセプトは間違っていないのですから、しっかりとした年間計画に基づいて、責任ある指導が行われていれば、この時間は有効に活用できるのです。

 土曜授業は「地域の教育力」活用

 
加瀬 年間総授業時数1050時間の確保と「総合的な学習の時間」との兼ね合いで、私は以前から考えていた構想があります。例えば・・という、一つの考えとしてお聞き下さい。現行のままでの「土曜復活論」は、法制上無理があります。教職員の勤務時間の割り振りの問題や、先に申し上げました施行規則等の問題は、これを改正しなければ出来ない相談です。
 そこで私は、「地域の教育力の活用」を提言したいのです。それぞれの地域には、小学生、中学生に対して、自分の人生体験を通して十分に教育出来得る人材が多数いるのです。そのような地域の学識経験者・人材に対して土曜日の授業を委嘱し、希望のある子どもたちに学校を開放してはどうだろうか。「読み、書き、そろばん(算数・数学)の基礎・基本を指導する時間の特設」と、お考えいただければわかり易いと思います。

 
41会 先生、すごく興味のあるお話です。土曜日に地域の人生経験豊かな学識経験者を指導者として委嘱し、希望する児童・生徒に対して授業を行うわけですね。

 
加瀬 そうです。これならば現行の法制でも、法に抵触することなくすぐに取り組めます。地域の有識者による「出前授業」です。この提言は、あくまでも、「希望者に対して」というところが肝要です。

 
41会 加瀬先生も「出前授業」に参加してくださいますか。

 
加瀬 出来ることはすぐやること、私もオファーがあれば、いつでも、どこへでも喜んで出向きます。

 小・中学校へも「学校選択制」の導入

 
加瀬 次に、公立小・中学校にも「学校選択制」を導入することです。これは、今でも少数の自治体では導入していますが、これを全国的に拡大することで、学校は再生します。ご存知のように、現行の制度では、学齢簿に基づいて入学する公立小中学校を指定しています。つまり、生徒・保護者の側には、「学校を選択する自由」がないわけです。このことは、学ぶ教師を選択する自由をも奪っており、どう考えても時代の大きな流れに逆行する制度です。公立小・中学校といえども、「競争の原理」で競う時代です。

 
「学校は、企業とは違う」という、一部関係者の意見もありますが、中学校の管理職を長年経験した立場で私の考えを述べますが、学校は閉ざされたモノカルチャー文化の特殊な組織です。管理職よりも、部下職員の声のほうが大きいという、実に不思議な、企業では考えられないような共同体化した組織です。これを、教職員同士、学校同士で競う機能体として蘇らせるためには、学校にも競争の原理を導入する必要があります。

 校長の職務権限の強化


 加瀬 そして、三つ目が、校長の職務権限の強化です。今の小中学校校長は、管理職試験に合格し晴れて組織の長となっても、部下職員を管理するための職務権限が極めて曖昧です。人事・予算権、服務監督権をもっと明確にして、校長の職務権限を強化すれば、校長の英邁なるリ−ダー・シップが期待出来、学校が変わります。

 人事権と服務監督権をもう少し具体的に説明します。先ず人事権ですが、現在の小・中学校では、所属職員の人事異動について、校長は教育委員会への具申権を持つのみなのです。任免権がないわけですから、これでは職員室が校長のイメージする組織とはなりません。組織は、やはり人を変えなければ機能体として蘇りませんから・・。

 次に服務監督権ですが、現在でも管理規則・服務規程等があり、職務専念の義務等が明確に規定されてはいますが、罰則規定があってないようなものですから、これでは、管理規則、服務規程による所属職員の管理という発想も、砂上の楼閣的な幻想にすぎません。所属職員がいろいろな方向を向いてしまっているのが現状です。現場の校長は、部下職員をたばねるバイブルがなくて苦労しているわけですから、条例・規則(罰則規定)の整備を急がなければなりません。

 
以上、日本の小・中学校再生のために、私の中学校長時代の経験から三つのことがらを申し上げましたが、教育は失われたものを取り戻すためには長い時間が必要です。今の教育に問題があるからといって、学習指導要領等の教育を取り巻く条件を整備しても、それを取り戻すためには10年かかります。失われた10年という時間は、親の立場からすれば、とてつもなく長く、それを取り戻すことが出来ないわけですから、「新しい教育課程全面実施前後の『ロスト・ジェネレーション』世代の救済措置」をどうするのか、このままでよいのか、皆さんに考えていただきたい。私は、大変な危機感を持っております。


             小学生を対象とした「学習会」の一実践例          
                                   平成19年4月5日(木)

 「小・中学校教育再生への道」の講演会で申し上げました、「ロスト・ジェネレーション世代」の救済措置、学力向上のための方策について、埼玉県熊谷市の具体的な取り組みと、その一実践例を紹介いたします。
熊谷市では、元小・中学校教員・校長等管理職の一部OBが中心となって、毎週土曜日の午前中、希望のある子どもたちに対して、また、春休み、夏休み、冬休み等の長期休業中には、同じく希望者に対して、それぞれ6日間、集中的に国語、算数を指導しています。

 
つまずきは整数・小数概念の理解不足
 実際に指導してみて、小学校4年生〜6年生段階で、算数では小数と整数の概念の基本的な理解、小数のたし算、ひき算、かけ算、わり算、小数点以下の繰り上がり、分数計算の理解に問題があり、先へ進めない子が目立ちます。私の指導している4、5、6年生の三分の一くらいの子たちがここでつまずいてしまっています。これでは、中学生になっても、文字式や方程式に進めません。積み上げが出来なくなってしまいます。
 また、国語では漢字が正しく書けない子が非常に多く、作文等の表現力・文章力にも問題が残っているのに、現実はそのままになってしまっています。

 算数指導の問題点を、具体的な事例で紹介します。
 小数のたし算で、0.1と0.1をたして0.02となってしまう5年生児童の場合、たし算とかけ算がごっちゃになり、間違って覚えてしまっているのに、教室ではそこまで目が届かないでいるのです。「たし算やひき算の筆算は、位をそろえて」と、5年上で学習しているのに理解出来ていないのです。
 小数のかけ算で、かける数とかけられる数に小数点がある場合、たとえば2.3×2.8のような計算を、答えが64.4となってしまったりします。「積の小数点は、かけられる数とかける数の小数点の右にあるけた数の和だけ、右から数えてうつ」と、教科書ではていねいに説明しているのですが、前記のような理解不足で、そのままになってしまうのです。

 割り算ではどうでしょうか。
 7.8÷6.5を、0.12と答えてしまう子の場合を考えてみましょう。
 小数で割る筆算のしかたを「割る数の小数点を右に移して、整数になおす。割られる数の小数点も、割る数の小数点を移した数だけ右に移す。割る数が整数の時と同じように計算し、商の小数点は、割られる数の右に移した小数点にそろえてうつ」と、教科書では説明していても、そのことが理解出来ていないのですから、答えを間違えてしまうのです。
しかし、小数・整数・分数も、小数点以下の概念も、時間をかけてじっくりと指導すれば、子どもたちは正しく理解出来るのです。
 ここが非常に大事なところなのでして、子供たちは出来ないのではないのです。問題点を指導者が見出し(ベテラン教師の眼力が求められます)、じっくりと繰り返し指導すれば出来るようになるのです。こうなると、子供たちは算数に興味を示し「先生、問題を出して」と、こちらに問いかけてきます。

 国語の漢字、作文等の表現力・文章力の不足はさらに深刻です。
 漢字書き取りなどは、何回でも繰り返し書かせなければ正しく覚えません。書き順も同じです。口や日、目などは左から右ではなく、ぐるりと一回りで書いてしまうのですから、教師は書き直しをさせなければいけません。「ここを見逃していませんか?」、教室では時間が無くて大変だとは思いますが、基礎・基本は繰り返すことに尽きるのです。
 作文等の表現力・文章力の問題も、漢字書き取りと同じように、とにかく書かせることです。「私の家族」「将来の夢」等、テーマを与えて書かせるのです。この繰り返しが、将来必要になる「論文力」につながります。

 しかし、学校では授業時数と進度・児童数の関係等でそこまでじっくりと時間が取れないことも事実です。私たちOBは、経験的にそのことはよくわかります。

 私たちが指導している教員OBの「学習会」の場合、毎週土曜日の午前9時半から11時半までの2時間の学習時間で年間70時間、それぞれの学校で学習している980時間とのトータルでやっと1050時間となります。また、長期休業中の集中指導は18日間で、時間は9時から11時半までですから、これで45時間となり、この時間を加えると1095時間となりますが、年間の学習会に参加している子供たちと、長期休業中に参加している子供たちの顔ぶれが違いますから、全体としては、平均1050時間と捉えています。

 これで、やっと2002年以前の旧学習指導要領と指導時間が同じになりますが、指導内容の質・量の30%削減を取り戻すことはとても出来ません。まだまだ指導方法の工夫・改善が求められますが、現実の問題点に対して、改善を公教育だけに頼るのではなく、地域の教育力に期待する一つの考え方としてお考え頂けたらと思います。



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                                                                                           生活習慣と児童・生徒の「運動能力・体力」