EU統合の歴史的必然性

 フェリペU世大学・翻訳学部
 PROFESOR  加 瀬   忠


 「マドリッド通信」読者の皆さんお元気ですか。スペイン国立フェリペU世大学・翻訳学部で、「日西比較文化論」の講座を担当している加瀬 忠です。2002年1月に通貨統合を、そして2004年5月には、東欧の10カ国を加えてEU統合のコンセプトである拡大を続けるEU。ところが最後の段階で、仏、オランダがEU憲法の批准を国民投票で否決するという事態が報道されています。このこと(仏の国民投票での否決)は、事前にある程度予想されたことではありますが、EUの完全統合に大きな影響を与える事態であることは、間違いありません。

 
たまたま、1994年4月、文部省の派遣でマドリッド日本人学校へ赴任した折の私の研究テーマが「EU・拡大するヨーロッパ」でした。以後、EUの統合・拡大に合わせて研究テーマを「EU統合の歴史的必然性」として歴史に視点をあて、変貌するヨーロッパを歴史的な目で俯瞰し、収斂する姿を「歴史的な必然性」と捉えて論文をまとめました。統合前、後のヨーロッパを「EU・拡大するヨーロッパ」として掲載します。

 
EU統合の歴史的必然性
 
2、002年1月、EUは統一通貨「ユーロ」の市場流通をもって統合をほぼ成し遂げ、EU憲法の批准を待つのみとなりました。フランス、ドイツ、イタリア、スペイン等、ヨーロッパの15ヶ国が、それぞれの国家の主権の一部を、戦争という手段ではなく平和裏に委譲して、一つの強固な統合体となるのです。

 私は、1963年に中学校の社会科教師となり、長い間歴史と地理を教えてきましたが、ヨーロッパの国々が一つの統合体になるなど考えてもみませんでしたし、授業の中でも
EEC(ヨーロッパ経済共同体)やECSC(ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体)の話はかなり取り上げましたが、歴史的な視点でフランスやドイツなどの国々を見つめる時、これらの古い歴史と伝統を誇る国々が、戦争以外の形で、自国の主権の一部を委譲するなど、全く考えられませんでした。

 
しかし時代は移り、2、002年1月からは、フランス人がこよなく愛する通貨「フラン」も、ドイツ人が世界一安定した通貨と誇る「マルク」もなくなり、「ユーロ」に統一されるのです。
 世界の大多数の人々が関心を示して見つめ、且つ多数の人たちがその過程で疑問符を投げかけた
EUの統合ですが、幾多の障害を乗り越えてそれは完結しようとしています。

 
統合のバックボーンとなったもの
 
ヨーロッパで生活をしていて、日本からは見えなかった大きな三つのものが見えてきました。そして、この三つの視点こそが、私はEUの統合を支えた民族的なエネルギーであると考えるに至りました。
 
その一つは、ヨーロッパの国々は、「キリスト教」と言う宗教をよりどころとした「共通の文化基盤」を持ち続けていたという歴史的事実です。
 
カトリックでもプロテスタントでも、そして正教会でも「神に祈る」「誰も見ていなくとも、神のみは見ている」と言う神に対する畏敬の念が、ヨーロッパの人たちの連帯感を作り上げてい事実です。

 
二つ目が、ヨーロッパを舞台にして繰り返された戦争の惨禍と国民の永久平和への願いであります。
 ヨーロッパの過去の歴史は、民族の対立・侵略、戦争の繰り返しでありました。紀元前後からはローマ帝国が、その後ゲルマン民族の大移動、東・西ローマ帝国の分裂、神聖ローマ帝国の成立、十字軍の遠征と、形はいろいろですが離合集散を繰り返す戦いの歴史でありました。このことは、四方海で囲まれた島国の日本で生活をしている私たちと、ヨーロッパの人々との「平和と安全」に対する認識が基本的に異なる部分なのです。
 ヨーロッパでの生活は、隣の国は海外ではありません。隣の国と陸続きであるということは、国と国との移動に物理的な障害物がないわけですから、常に隣の国、そのまた隣の国との関係において緊張感の連続であったわけです。
 ヨーロッパでは、かつて「水と平和・安全」のコストは、とても高かったのです。

 そして最後、三つ目が経済の活性化と言う視点です。
 20世紀の世界経済は、競争力のあるアメリカ、日本がリードしてきました。米・日のこの強力な二大経済圏に対抗するためには、「統合による経済規模の拡大しか選択肢がない」と言う共通認識において、
EU統合への国民的なコンセンサスが得られたのではないでしょうか。
 
「21世紀の世界経済は、米・日・EUの三極に収斂される」と言うシナリオが、私の描く21世紀の世界経済です。EUの統合によって、名目GDP8兆5千億ドル、世界貿易に占める割合が18.0%と言う巨大市場が出現するからです(2000年11月8日付、YahooJapan EUの経済より)。
 
 
私は、EUの統合実現によって、当分の間、ヨーロッパを舞台にした戦争は起こらないのではないかと考えています。統一通貨「ユーロ」が流通する事になれば、自国の通貨での戦費調達は不可能になるわけですから、統一通貨ユーロの市場流通それ自体が、戦争抑止力となり得るからです。

 
スペインに見る「EU統合のかたち」
 
完全統合実現後のEUは、どのような形の国家を目指しているのでしょうか。
 
20世紀の世界は、基幹産業が石炭、鉄から石油へと進み、そして後半には自動車産業、IT・情報関連技術が世界経済をリードしてきました。21世紀の世界は、引き続き自動車産業(20世紀の自動車産業は、エンジンの開発競争でしたが、21世紀の自動車産業は、エンジンと燃料電池・モーターで動くハイ・ブリッド車、そして目指すところは燃料電池だけで動く燃料電池車の開発競争)、IT・情報技術とバイオ・テクノロジー関連技術がそれを牽引するものと考えられますから、世界規模での競争はますます激化し、知的付加価値の高い製品を生み出せる企業を有する競争力のある国が勝ち残る社会になっているのでしょうか。アメリカのシリコン・バレーが20世紀後半の世界経済をリードしたように。

 私はスペイン・
EU域内で長く生活をしておりまして、EU経済の座標軸が20世紀の世界のように競争の方向だけを向くとは、どうしても考えにくいのです。EUの国々の歴史や民族性からして、アメリカ型の競争社会・経済は、馴染まないのではないかと思える側面があるのです。一方、着々と進む世界のグローバル化と情報化への対応を求められている事も厳然たる事実ではありますが。
 
こうした急激に変化する世界経済の大きな流れの中で、スペイン社会は、この国の伝統的な価値を守り、神へ祈る安息の日曜日等を残しながら、新たに「第三の道」を模索しているように思えます。

 EU諸国が模索する「第三の道」
 21世紀の世界経済は、その収斂過程のなかで、国としては日・米・EUの三極に、形としては、さらに中国、インド等を加えた世界規模での競争は益々激化すると考えられますから、一つはアメリカ型の競争力のある国、企業が勝ち残る社会、もう一つはEU諸国にみる、アメリカ型の活力ある自由競争社会の良さを取り入れながらも、ヨーロッパ独自の古き伝統や価値観を残した成熟した大人の国家が出現するのではないか、と考えられます。
 それでは、
EU諸国の模索する「第三の道」について、もう少し考えを述べます。

 私は、平成6年にマドリッド日本人学校の校長としてスペインへやってきました。当時は、EUが統合され、競争型社会が実現されれば、スペインも変わらざるを得ない時代が来るに違いないと考えていました。その時期は、EU統合が完了する2002年前後なのではないか、と思っていたのです。
 ところが、EUの統合は統一通貨「ユーロ」の市場流通を残すのみとなった今、スペインの社会はそれほど変わっていないのです。人々はシェスタの習慣を守り、神へ祈る安息の日曜日には店も閉まり、この日に働いている人はごく少数の人たちだけなのです。


 シェスタの習慣・・そう、これこそスペインの人たちが譲ろうとしない伝統的な生活習慣の一つです。スペイン人が、この生活習慣を改めてもう少し働けば、生産性が向上するだろうという見方もあります。実際、スペインの生産性は年率0.44%で、EU平均の1.7%を大きく下回っているのに、午後2時から4時半ないし5時前後までは活動が一時止まってしまいます。
 しかし、私の人生観からすればとても不思議に思えるこのことこそが、21世紀にEU諸国の模索する「第三の道」を理解する上での、キーワードになりそうなのです。

 
国家の成長・発展過程
 
国家の成長・発展過程には三つの段階があります。初期には経済性・豊かな消費生活を志向した国づくり、先進工業国に追いつき、追い越せの段階です。日本では、東京オリンピック前後から「所得倍増」を目指していた時代がこの第一段階です。
 そして、経済的にも安定し、国家として成熟した社会が構築される前の段階では、我が国でもそうであったように、社会的な安定を志向した「大きな政府」による高福祉政策がとられます。しかし、この高福祉政策「ゆりかごから墓場まで」は、経済が右肩上がりで成長し続けることが前提になりますから、当然限界があるわけです。出生率が低下し、子供の数が少なくなれば、高福祉政策は支えきれなくなります。加えて、欧州の福祉国家社会主義型の国づくりでは、どうしても雇用、競争の原理の導入、国全体の活性化という側面で問題が残ってしまいます。欧州では、失業しても
Safety net(失業時の生活保障)がかなり充実していますから、失業そのものが、深刻な問題と受け止められない側面もあるのです。

 
こうしたなかでEU諸国が模索する新しい国づくりの道は、アメリカ型の活力ある自由競争社会だけでもなく、かつてヨーロッパ諸国が自ら体験した「大きな政府」による「高福祉」「高負担」社会でもない、国家としての歴史や伝統、民族共通の価値観を大切にした「安定した国づくり」を求めているように思えます。
 これこそがEU諸国が21世紀に模索する「第三の道」であります。

 
ゆりかごから墓場まで
 
社会保障制度の充実を形容する言葉で、第二次世界大戦後、イギリスの労働党政権が掲げたスローガン。「高福祉」「高負担」が前提となっています。

 
統一通貨「ユーロ」流通の日
 
2、002年1月1日、ヨーロッパの国々で現在流通している各国通貨が、統一通貨「ユーロ」に切り替わります。
 
実は、ここのところが私の理解を遥かに超えたところでありまして、長い歴史と伝統を誇る自国の通貨等主権の一部を、戦争以外の方法で委譲することなど、私の歴史観では考えにくいことなのですが、ヨーロッパの人々はこれをやってのけようとしているのです。

 統一通貨「ユーロ」が流通する2、002年1月まで(2、000年11月現在)、ヨーロッパ諸国の流通の形態はどのようになっているのかと言いますと、1、999年1月1日から、2、001年12月31日までは、それぞれ自国の通貨が使われているのですが、デパートや主だった商店ではユーロ流通のその日に備えて、自国の通貨とユーロの二本立てで価格が表示されています。
 
また、小切手、トラベラーズ・チェック、クレジット・カード、銀行振込等については、今は、自国の通貨とユーロのいずれも使うことが出来るのです。(2002年1月1日、EU国内で、ユーロ流通開始される)。

 
ペセタとユーロは固定相場制
 
それでは、私のように生活の基盤をスペインに置き、ファンドをペセタと円で分割して持っている者はどうなるのかと言いますと、ユーロとペセタは、1ユーロが166.386ペセタ
の固定相場制ですから、2、002年1月の時点でも交換比率は変りません。そのままペセタを持っていても、何ら変化はないわけです。
 一方、円とユーロ、円とペセタは変動相場制ですから、ここは景気の動向を良く睨み、しっかりと情報を収集しておく必要があります。

 私の手元のメモで過去のデータを調べてみますと、私が再びスペインの学校へ赴任した1、999年当時の為替レートは、1ユーロが115.6円、100ペセタが69.47円でした。(1、999年10月20日付 
YahooJapan Finance調べ)その後、円はユーロに対しても、ペセタに対しても反発し、それぞれユーロが109円、ペセタが65円前後でもみ合っていますから、現時点では円保持者の為替差益は相当なものです。
 しかし、2、002年1月1日に向けて、しっかりと日本の景気動向を見極め、為替相場のタイミングを失しないようにすることが大切です。為替相場は、逆の為替差損もありますから。
 
 
さて、2、002年1月1日に「ユーロ」の紙幣と硬貨の流通が開始された後、EU各国内通貨との併存期間は長くとも数週間で、2、002年6月30日にはEU域内の各国通貨の回収が終了します。
 
私の今使っている「ペセタ」が、「ユーロ」に替わる。何だかすごいドラマ性がありますが、時代の大きな流れです。

 EU統合で、欧州はどう変わるのか
 EUの統合によって、市民の生活はどのように変化するのでしょうか。EUの国々には、それぞれ長い歴史と伝統のもとに、各国の独自の法律があります。それら、各国の法律が、統合体としての共同体法に抵触した場合はどうなるのでしょうか。つまり、今のスペイン国内の法律がEU法に抵触した場合です。
 
これが私の最大の疑問点ですが、これらについては「通商政策」「金融政策」等、いくつかの分野において、前記のように、EUは加盟各国から主権の一部委譲を受けており、この限りにおいては、EUの法律が国内法に優先します。
 
それでは、財政とか外交とか、それぞれの国家の根幹に関わる分野についてはどうなるのでしょうか。EU 完全統合実現後に制定されることとなる、EU憲法との関わりです。

 
EU加盟国は、これらの主権までもEUに委譲し、完全なる「ヨーロッパ連邦」「ヨーロッパ合衆国」をめざしているのでしょうか。このことは、私の国家の概念をはるかに超えたところにありますし、まだ不透明な部分が多いのですが、EUに加盟するためには、厳しい五つのEMU経済収斂達成基準があり、物価・長期金利・為替相場・政府財政等でこれらの基準を達成していなければなりません。ですから、これ自体が財政・外交等の分野で、加盟各国の著しい独走・個人プレーを阻止する抑止力になり得ると考えられますが、一方、ヨーロッパでは仏のように、国是「Reason of being(国の政治は何よりも先ず自国の利益によって規定され、他の全ての動機は、これに従属せしめられるべきだとする国家行動の基本準則)」によって行動し、国民的にアクションを起こす伝統が歴史的にあるのもまた事実です。

 EU憲法は参加各国に受け入れられるのか
「建前論(あるべき姿・国是)」としてのEU憲法との関わりにおいて考える時、その理念は良く理解出来ますが、EU参加各国の法との整合性はどうなのでしょうか。EU憲法と参加各国の国法との各論において、その矛盾点が露呈した時に、参加各国の国民投票等で賛同は得られるのでしょうか。仏をはじめとするEU各国内での今後のハードルはまだまだ高く、この限りにおいては、EU憲法のソフト・ランディングは極めて難しい状況にあると考えられます。

 EUの統合によって、日常生活はどのように変わっているか
 それでは、スペインで暮らす私たちの日常生活はどう変わるのか、考えてみましょう。人・もの・サービス・資本の移動が自由になり、統一通貨「ユーロ」が流通することによる日常生活の変化です。

 先ず人・もの・サービスの移動についてです。
 
スペインからフランス、ドイツ、イタリア等、EU加盟国への移動については、日本のような厳しい出入国管理令、為替管理令等に拘束されることなく、自由に移動が出来るようになりました。また、移動のための物理的な障害物もすべて撤去されましたから、陸路でも出入国検査を受けることなく、車で移動することが出来るようにもなりました。
 
 
次に資本の移動が自由化されたことにより、スペインの銀行や、スーパーマーケットのような大型店、企業等の合併が目立つようになりました。さらに、このことによる市場での自由競争は、マーケットを活性化させ、物価に市場価格の原理が働き、需要と供給の原則による価格競争が加速しています。マドリッド通信でも何回かお伝えしましたように、ビール等はドイツビール、オランダビールの参入により、値下げ競争が激化しています。
 私のマーケットリサーチ・メモでも、このところ、日用雑貨、食料品、公共料金等でみる限り、スペインの物価は下がっています。ただし、原油価格の高騰によるガソリン価格等の値上げは例外です。

 対円との為替相場は、ユーロ導入直後の99年1月時点での1ユーロ=130円前後から、現在1ユーロ=105円前後でもみ合っています
(2、001年5月28日 Yahoo! Japan Finance調べ)EUの統合により21世紀の世界は、経済的に「米・日・EUの三極に収斂される」と言うのが私の持論ですが、統一通貨「ユーロ」の市場流通を目前に控え、スペインのマーケット・企業活動は活性化し、インフレーションの抑制効果、さらには雇用機会の拡大による失業率の低下等への著しい波及効果等がはっきりと統計数字に表れています。

 
             EU・25カ国体制へ

         − 2004年5月、EU統合後のヨーロッパ −


 
2004日、EU(欧州連合)は、現行の15カ国体制から、25カ国体制に拡大されました。今回の新しいEU加盟の10カ国は、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニアの旧東欧5カ国、エストニア、ラトビア、リトアニアの旧ソ連のバルト海沿岸3カ国、そしてキプロス、マルタの地中海に浮かぶ2カ国の計10カ国です。
 今回の拡大は、旧東欧・ソ連圏の国々が、西欧諸国とジョイントして一つの連合国家をつくると言う、従来の国家の概念を超えた国づくりが平和裡に実現しようとしているところに、大きな歴史の節目とその必然性を感じさせます。

 領土、人民、主権が国家構成の3要素とされていますが、かつて、その国家の主権の一部、またはかなりの部分を、戦争以外の方法で平和裡に委譲したという世界の歴史を、私は知りません。
NATO(北大西洋条約機構)の国々と旧ワルシャワ条約機構の国々という冷戦時代には敵対関係にあった国家群が、EUという一つの連合国家をつくるわけですから、これは21世紀の「壮大な国家の実験」でもありますが、一方では従来からの国家の概念に対するもう一つの方向性を示しているようでもあります。

 
国家ビッグバン
  国家の歴史、体制、経済基盤の異なる欧州の国々が、幾多の困難な条件を乗り越えて、一つの連合国家になろうとする、言わば「国家のビッグバン」ともいえるようなモチベーションは一体何なのかを検証することは、25カ国体制となったEU(ヨーロッパ連合)をより理解する上で重要なことであると思いますので、EU統合の理念をここでもう一度振り返ってみたいと思います(詳細については、前章『統合のバックボーンとなったもの』参照)。

 
欧州に「戦争のない平和社会」
 
EU統合のバック・ボーンとなったものは、前章でも触れましたように、その共通項は、やはり「ヨーロッパの国々が、宗教(キリスト教)という伝統・文化基盤を共有していたこと」に帰結すると思います。その上で、欧州に戦争のない社会と永久平和の実現、個人の選択の自由を柱とした民主主義による国づくり、基本的人権の更なる尊重というような、いくつかの事柄にまとめることが出来ます。戦争のない社会と永久平和の実現のためには、EUの拡大がコンセプトでありますから、加盟国が拡大すればEUとしての共通の意思決定や政策の遂行が難しくなることは自明の理ではありましても、大欧州での「不戦共同体」の構築に向かって進むことは、その基本理念を実現することでもあるわけです。実際、振り返ってみると、ヨーロッパの歴史は、民族の対立・侵略、戦争の繰り返しでありました。
 特に第一次・第二次世界大戦での惨禍は、ヨーロッパの人たちの「戦争のない、恒久平和」実現
への願いを一層強くしました。そのために、自国の主権の一部を委譲してまで、統合の実現へ動いたのです。

 私は、当分の間ヨーロッパを舞台にした戦争は起こらないのではないか、と繰り返し述べていますが、その根拠は、EUに加盟するための収斂基準の4、5と、統一通貨「ユーロ」の流通自体が、戦争の抑止力になり得るからです。EUの統合、統一通過「ユーロ」の流通によって従来のような、自国通貨増発での戦費調達が、物理的に不可能となったからです。

 
巨大経済圏による経済の活性化
 次に巨大経済圏を創り出すことによる、経済の活性化と言う視点です。
 
ヨーロッパの国々が、それぞれの国ごとに分断されていた経済圏を一体化し、市場規模を拡大しつつ、より厳しい市場価格の原理の導入を図り、金融政策は欧州中央銀行(ECB)に一元化することにより、物価の安定をも目指すという視点です。
 
 20世紀の世界経済は、技術力に優れ、競争力のあるアメリカ、日本がリードしてきました。米・日のこの巨大な二大経済圏に対抗する為には「統合による経済規模の拡大」と「共通通貨『ユーロ』の導入」という共通認識において、ヨーロッパ諸国のコンセンサスが得られたのです。「21世紀の世界経済は、米・日・
EUの三極に収斂される」と考えられますが、 西暦2004年5月には、拡大EUの実現によって、人口5億2500万、名目GDP7・6兆ユーロ(平成16年2月27日 Yahoo ! Japan調べ)の巨大市場が大欧州に実現しました。

 
経済格差と収斂基準
 それでは、EU加盟のための収斂基準について少し触れます。
 
「深化と拡大」は、EU統合のコンセプトでありますから、今後も拡大路線を走ることは十分予想されますが、東西間の経済的な格差をどのように克服するのかが残された課題となります。何しろ、新たに加盟した中・東欧圏諸国の一人当たりのGDPは、平均して現ユーロ圏諸国の3割にも満たないのです。生産・流通・販売の過程で、資本主義の原理とキャッシュ・フローの概念をまだ理解しきっていない国と国民に対して、知的付加価値の高い最適な商品を政府ではなく市場が決めるという、きわめて難しい注文を出すわけですから、日本経済のような生産性・効率性が定着するまでには、まだかなりの時間が必要だと思われます。

 また、もう一つの問題点として、中・東欧諸国の財政赤字や高インフレ率があります。中・東欧諸国の平均財政収支比率は−4.6%(ゴールドマン・サックス推計による)であります。EUに加盟するためには、次の五つの厳しい収斂基準があります。1、物価の安定。2、長期金利の安定。3、為替相場の安定。この三つの安定に加え、さらに4、国家財政赤字が名目GDP(国内総生産)の3%以下であること。5、国家累積債務が国民総生産の60%以下であること、という厳しい収斂基準に加え、さらに中・東欧の新しい加盟国に対しては、EU加盟の承認を受けるにあたり、国内法をEU法に置き換え、行・財政改革を通じて、EU法をスムーズに施行する環境を整えること、という、これもかなり厳しい改革が要求されているのです。

 
EUの拡大と理念の矛盾点
 EUの拡大、深化・統合は、ヨーロッパに「不戦共同体」を構築するという理念が先行し、実態としてのヒト・モノ・サービス・資本の四つの移動の自由化のうち、現加盟国と中・東欧の新加盟国との間での「ヒトの移動の自由化」が先送りされているという、大きな矛盾点が顕在化しています。
 先にも述べましたように、今般加盟の旧東欧諸国の一人当たりのGDPは、現加盟国平均の

三分の一にも満たないのです。EUの拡大を契機に、旧加盟国の高賃金を求めて大量の労働者が移動すれば、旧加盟国の雇用情勢に深刻な影響を与えることは容易に推察できます。EU全体の失業率は平均8.5%(2001年2月、欧州共同体統計局)と以外に高い数字でして、私の住んでいるスペインなどは、2002年に失業者が226万人から179万人に減ったとは言え、割合で言いますと、依然として10.95%という高止まりなのです。
 拡大EUの労働市場の一体化は、まだまだ時間がかかると思われます。

 国境をこえて一つになった欧州・旧東欧・旧ソ連

 1946年、イギリスの宰相ウインストン・チャーチルがスイスのチューリッヒでヨーロッパ合衆国構想を提唱してから58年、拡大EUは旧東欧圏、旧ソ連圏諸国を加えて25カ国体制となり、ヨーロッパ合衆国構想は完結に向かっています。
 EUの源流は、1952年に発足したECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)です。この時の加盟国は、フランス、西ドイツ、イタリア、ベネルクス3国(ベルギー・オランダ・ルクセンブルグ)の6カ国でした。発足時のECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)のコンセプトは、長年の懸案事項であった、フランスと西ドイツの対立を封じるために、石炭・鉄鋼という両国の基幹産業を共同管理下に置くことによって、ヨーロッパでの戦争を防ぐことが目的でありました。
 その後、1967年のEC(欧州共同体)を経て、1993年のEU(欧州連合)に拡大・発展し、さらに25カ国に拡大したのです。今回の拡大は、旧東欧諸国、旧ソ連を含む旧共産圏の国々を迎えての連合国家の構築でありますから、大きな歴史の節目と捉えることが出来ます。

 東西の冷戦時代に、東欧諸国と壁一つ隔てて向かい合っていた西ヨーロッパの国々と、旧東欧・旧ソ連の国々が、一つの連合国家をつくるために統合したのですから、これからの世界は、政治的にも、経済的にも、EUの動向から目が離せない時代がやってきたのです。東西の国々が一体化したEU(ヨーロッパ連合)の動きによっては、EUと米国との関係が大きく変わる可能性も多分にありますし、現に私の住んでいるスペインは、NATO(北大西洋条約機構)の一員でありながら、今次の一連の米国とイラクの問題で、はっきりと米国に「NO」といいましたし、この流れは、現加盟国と新しい加盟国での温度差はあるにせよ、EU域内で加速する兆しさえ見せているのです。

 EU統合の歴史

 それでは、58年間にわたるEUの統合、さらに25カ国に拡大されるまでの「EUの歴史」を振り返ってみたいと思います。
 
1946年 ウインストン・チャ−チル、スイスのチューリッヒでヨーロッパ合衆国構想を提唱。
 
1957年 EEC(ヨーロッパ経済共同体)発足。フランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの6ヶ国、域内の関税全廃と輸出入制限の撤廃、労働力・資本の移動・企業設立等の自由化を柱とする。
 
1967年 EC(ヨーロッパ共同体)発足 フランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの6ヶ国。
 1973年 デンマーク、イギリス、アイルランドの三国加盟。
 
1981年 ギリシャ加盟。1986年 スペイン、ポルトガル加盟。1993年 EU(欧州連合)発足。
 1995年 オーストリア、スウェ−デン、フィンランド加盟。
 1997年 加盟申請中の国13ヶ国 エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、キプロス、マルタ。
 2004年 5月上記の13ヶ国のうち、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、マルタ、キプロスの10ヶ国が新たに加盟。EUは25ヶ国体制となる。
 2007年 ブルガリアとルーマニアが加盟し、EUは27ヶ国体制となる。
 2009年12月 リスボン条約(改正欧州連合条約)発効。

 EU拡大による経済的なインパクト
 
それでは、EUの統合・拡大によって、経済的にはどのような影響があるのでしょうか。
 先ず、考えられることは、EUの拡大によって経済、金融、貿易などの分野において安定したビジネス環境が確立したことと、需要の増加という視点であります。旧東欧・旧ソ連時代とは違った、新しいEUの規定に従って加盟各国の国内法が整備された自由なマーケットが出現
したわけですから、これは大変な市場として成長する可能性を秘めています。

 次に人件費等、低賃金・高い技術力を背景とした低コスト生産による、価格競争力のある製品の生産と、将来的にはさらに知的付加価値の高いものに工夫・改善出来る可能性、さらにこれら加盟国全体にユーロが導入された場合の、為替リスクのない一大市場が出現するという視点です。

 そして三つ目の視点として、EU経済の将来的な可能性と期待感が、ユーロを世界の基軸通貨に押し上げるというシナリオが現実味を帯びてきているという臨場感とその可能性という視点です。

 
GDPで米国を凌駕する一大市場の出現
 
EUの拡大で、人口4億5千万人、名目GDP(国内総生産)9兆7千億ユーロという、とてつもない市場が出現したのです。この数字は、2003年のGDP(国内総生産)総額で、米国を上回っているのですから、私たちは米国一極主導で収斂してきたこれまでの世界経済の概念を払拭して、新しい21世紀の世界経済を再構築する時を迎えているのかも知れませんし、同時に領土・人民・主権の三要素を国家の概念とする従来の国民・国家のあり方をも問い直さなければならない時でもあるようです。(2007年現在、GDP14兆3800億USドルで合衆国を抜き、世界第1位)。