|
スペイン教育事情見聞録
フェリペU世大学 翻訳学部 PROFESOR 加 瀬 忠 平成6年4月、文部省の派遣でマドリッド日本人学校へ赴任し、平成9年3月まで日本人学校で勤務しました。その後、マドリッド補習授業校運営委員会、在スペイン日本国大使館のオファーで再びスペインへ渡り、マドリッド補習授業校で勤務し、さらに平成13年からはスペイン国立フェリペU世大学・翻訳学部で勤務して、平成16年10月までスペインに滞在しました。 ここでは、日本人学校勤務を終えて日本へ一時帰国した折に、埼玉新聞社からの依頼で連載した「スペイン教育事情見聞録」に、一部加除訂正を加えた記事を転載します。 大らかでゆったり・・「せっかくだから語学を」 何事も大らかでゆったり。児童・生徒一人ひとりの「個性、独創性」を大切にし、日本の中学校のような「生徒心得」等はなく、学校の決まりはゆるやかだが、いじめ、登校拒否等の問題が非常に少ないスペインの学校。 一方、きちょうめんできめ細かく、物事の筋道はきちんと立て、厳し過ぎるくらいきっちりと教育活動に取り組んでいる日本の公立小・中学校。 1994年4月から文部省の派遣で、マドリッド日本人学校・補習授業校の校長として、あまりにも対照的な日西両国の義務教育を管理職として経験しました。その経験の中から、異文化を感じたいくつかの事柄について、リポートいたします。 まず、マドリッド日本人学校・補習授業校を紹介します。 マドリッド日本人学校は、スペインに進出している企業の駐在員の子女を教育する在外教育施設として、1981年に「在スペイン日本国大使館付属マドリッド日本人学校」の校名で設立されました。1997年現在、児童・生徒数87名、教職員数24名の学校です。マドリッドには、ほかに駐在員の子女を教育する在外教育施設として、マドリッド補習授業校があります。 補習授業校といっても、あまりなじみのない名前かもしれませんね。日本人学校に通う小・ 中学生は、日本の学習指導要領に準拠した教育を、日本とほぼ同じ時間割で月〜金曜日まで学習するのに対し、補習授業校に通う小・中、高校生は、月〜金曜日までは現地の学校またはインターナショナル・スクールで学習し、土曜日のみ、国語(日本語)と算数・数学、論文を学習するために補習授業校へ通います。 マドリッド補習授業校は、児童・生徒数が158人、教職員数は10人、私は両校の校長を兼務しておりました。もうお分かりのことと思いますが、児童・生徒数は、補習授業校の方が日本人学校の生徒数を大きく上回っています。この傾向は私の赴任前後から顕在化しており、駐在員の子女教育の意識が大きく変化して、「せっかく在外の地・スペインへ赴任したのだから、英語・スペイン語等の語学力を身に付けさせたい」と考え、学校を選択する家庭が多くなっていることを感じさせます。 今、日本人学校は、在外の地の実態に即した「魅力ある日本人学校」の教育課程の編成・実施・評価に、一層の工夫・改善が求められています。 平成9年5月7日(水)付 埼玉新聞 ![]() マドリッド日本人学校・補習授業校 個々の能力を伸ばす教育 − 指導は教師の自由裁量 − スペインでは今、1999年1月のEU 統合「英・独・仏・伊・西等、ヨーロッパ15カ国の人と物・資本・サービスの移動の自由化、ECB (欧州中央銀行)による共通金融政策の実施、2002年1月の単一通貨ユーロの導入・流通」に合わせて、教育改革も同時に進行中です。(2004年5月現在、EU の統合は完了し、さらに旧ソ連の一部、東欧諸国を加えて25カ国体制となった)。 義務教育の2年延長、8歳から教育課程に位置付けられた英会話の導入などは、変化しつつあるスペイン社会が、EU (ヨーロッパ連合)という枠組みの中で教育を考え、教育の質を向上させようとする改革と受け止めることができます。 日本とスペインの公立小・中学校の教育課程を比べてみて、基本的に異なると思える内容がいくつかあります。総授業日数・時数・指導内容等々、その量と質の差です。 スペインの公立小・中学校の年間総授業日数は160日。土・日曜が休みの完全週5日制で、長期休暇は、夏休み(6月中旬〜9月上旬)、クリスマス休暇(冬休み)、イースター休暇(春休み)の3回です。また、指導方法や教材・教具の選択は、教師の自由裁量に任されており、指導の重点は、児童・生徒の能力・適性に合わせ、個々の持つ能力の芽を伸ばすことに力点が置かれています。 一方、スペインの小・中学校では、日本の学校でかなり重視している道徳教育と特別活動の時間が教育課程には位置付けられていません。道徳教育の時間はありませんが、宗教教育の時間が特設されており、子供たちは学校でも家庭でも、その行動様式の規範として、「だれも見ていなくとも、神のみは見ている」という、厳然たる「神をよりどころ」とした価値基準が行動規範になっています。 このように、スペインの学校では、神をよりどころとした「心の教育」のバック・ボーンとして「宗教教育」が教育課程に厳然と位置付けられた編成となっていることは、カソリック教国の国家の歴史から考えて、非常に分かり易い形なのですが、特別活動の時間が日々の教育活動に位置付けられていない教育とは、一体どのような教育なのでしょうか、少し考えてみたいと思います。 朝、子供たちは、9時30分の始業時間に合わせて三々五々登校します。朝の短学活(ホーム・ルーム)、健康観察や学級担任との顔合わせはありません。授業を始める段階で、教える側と、教えを請う側との挨拶も勿論ありません。学校中がざわついているのですが、一時間目は何となく始まっているのです。遅刻をしてくる生徒に対する個別指導も行われませんが、日本の小・中学校のように、「遅刻をしてくる生徒がごく少数」の国と、「遅刻をしてくる生徒が多数」で、教える側もしばしば始業時刻にその場にいない国とでは、朝の短学活や健康観察の意味合いが異なるのも当然かもしれません。 しかし、私は日本の中学校長時代に、毎週月曜日の全校朝礼で、「時・場・礼」を学校の教育目標として教師・生徒に話し、「時間を守る」「場を清める」「礼節を尽くす」ことの大切さを繰り返し説いてきました。 古来より日本では、儒教の四書・五経を経典、よりどころとする道徳観があり、ぜいたくよりは質素、怠惰よりは勤勉と言うような崇高なる社会規範が厳然と存在することが、子供たちの「公」の観念を培っているのですから、日本の学校で守り続けている、「挨拶をしっかりとしてから授業を始める」というような良き伝統は、時代の変化で消滅させてはいけないことだと考えていますが、スペインの社会、学校教育を取り巻く環境は、どうもそうではなさそうです。私のスペイン滞在中、このことがいろいろな場面で「異文化理解」の壁となりました。 余談になりますが、授業開始前のこの挨拶「起立、礼、着席」を、私が2001年にフェリペU世大学・翻訳学部のPROFESORになってからも、スペインの学生に義務付けましたら、スペインの学生、最初は戸惑っていましたが、「JAPONES−U、Wは武士のようだ」と、けっこうしっかりと挨拶していました。ただし、JAPONES−T、V担当のスペイン人、カルロス・ルビオ教授が同じ事をしようとすると、学生たちが笑ってしまって、挨拶になりませんでしたね。 平成9年5月14日(水)付 埼玉新聞 情け容赦なく落第 − 公立校ではクラス3〜5人も − スペインの教育を語る時、私たち関係者から見ると「スペインの義務教育は、日本と比べておおらかだな」と思える反面、この国のどこにこんな厳しさがあるのか、という一面もあります。義務教育段階でも、学業成績の悪い子は情け容赦なく落第させられるのです。 各教科の評価は、5段階の絶対評価で、各教科ごとに5、4、3までは及第、2と1が落第点となり、1学年で3科目落第点を取ると進級できないのです。もちろん救済措置はあります。6月の学年末に、進級できないと分かった生徒は、夏休み中にしっかりと勉強をして9月の追試験に臨み、ここで合格点を取れば晴れて進級できるのですが、それでも公立校ではクラスで3〜5人の落第生が出ているのです。 私が非常に興味と関心を持ったのは、落第しそうな生徒に対して、学級担任や教科担任がどのようにかかわっているか、ということでした。マドリッド日本人学校の交流教育相手校である、L ・ハラレス校のゴメス校長に聞いてみましたら、「それは、あくまで本人と家庭の問題であって、学校では、そのような子をどうするのかの検討は一切しません。要は、本人がしっかり学習して、及第点を取ればいいんですよ」とのこと。全く分かりやすい説明なのですが、さらに「よく分かるのですが、それで家庭から苦情やら抗議はありませんか」との、私が一番聞きたい問いに対して校長さんは、「ありませんね。あっても、学校では取り上げません」とのこと。 このあたりは、学校教育と家庭教育との分担がお互いに明確な、スペインの義務教育の一面が出ていると思います。この考え方は、学校事故の場合にも言えることでして、子どもたちが学校で怪我をしたり、あるいは急病が発生した場合には、怪我・急病の程度にもよりますが、原則的に家庭の保護者が病院へ連れて行くことになっています。 また、スペインの学校には、日本の中学校でかなり重要視している放課後の部活動や教科外活動は、制度上ありません。活動をしたい有志(希望者)が集まり、学校の施設・設備を借りて、市の指導者に出張指導を依頼しているのです。経費は受益者負担で3ヶ月40ユーロ(約5400円)です。サッカー、バスケット・ボール、テニス等が盛んです。 平成9年5月21日(水)付 埼玉新聞 勇気と正義のお国柄 学校に「いじめ」はない−(1) マドリッド日本人学校では、F ・ケベド校、L ・ハラレス校など、市内の3校と交流教育を行っています。交流教育は、年間計画に位置付け、日を設定して合同授業、教職員の研究協議というフォーマルな形で行う場合と、長期的に児童・生徒が学級・学年単位で交流を行う場合とがありますが、研究協議会の折に必ず話題になるのは日本の「いじめ問題」です。 そこで、3校の教職員と生徒指導上の問題点等について話し合ってみたのですが、「スペインの学校で今一番の問題は、喫煙と飲酒」なのだとのこと。3校の校長は、「スペインの学校に、いじめはない」と、キッパリ言い切ります。私の目から見ると、マドリッド市内の学校でも、けっこう、これは「いじめ」なのではないかと思えるような場面を目にするのですが、「いや、いじめなど考えられない。私たちの国は、闘牛でも分かるように、勇気と正義こそが価値あることなのであって、弱いものいじめをする子はいない。第一、そんな卑劣な行為は神が許さない」と、生徒指導の研究協議会に、闘牛や神がしばしば登場します。 スペインの義務教育で特徴的なのは、前回もお話しましたように、宗教教育が教育課程に位置付けられていることだと思います。どこの学校でも授業の中で「心の教育」をかなり重視していますし、日曜日には、家族全員で教会へミサに出かけます。 スペインの学校でいじめが非常に少ない社会的背景として、このように神をよりどころとした「心の教育」が一つ考えられます。 次に、どのような状態を「いじめ」と見るかということもあると思います。と申しますのも、私が校務で大使館へ出張した帰りや、ラス・ロサスの学校で、これは「いじめ」なのではないか、と思えるような場面・情況を時々見かけます。 しかし、スペインの子は文句なく明るいのです。だれもが「オーラ・アミーゴ!(やあ、友 だち!)」で、「自分はいじめられているのではないか」という、被害者意識的な受け止め方が、日本の子たちと比べて、かなり違っているのではないかと思えます。 学校での子供たちの活動の様子をよく見ておりますと、休み時間等は外でよく遊びます。遊びの集団をさらに良く観察して見ていると、学年の異なる子どもたちが、自然発生的に縦割り集団を作り、遊んでいるのですね。ここでは、学年の上下による序列は無いように感じられます。学年の異なる子たちが一緒に遊んでいる光景等は、私は、日本の中学校では久しく見ていませんので、すごく新鮮な光景に見えますし、日本の小中学校で顕在化している「いじめ」や登校拒否等の生徒指導上の問題点は、このあたりに解決の手がかりがあるように思えるのです。 平成9年6月4日(水)付 埼玉新聞 ラテン民族の明るさ 学校に「いじめは」はない−(2) スペインの学校に、いま日本で問題になっている、いわゆる「いじめ」がない理由に、「神をよりどころとした心の教育」「スペイン社会全体に共通するラテン系の人たちの民族的な明るさとアビエルト(開放的)な社会」をあげましたが、それでは、子供たちを取り巻く地域社会全体ではどうなのでしょうか。 日常の生活場面で、いろいろなことを考えたり、判断したりするとき、私たち日本人は、常に周囲とのかかわりはどうか、全体として、また組織としてどうかを行動様式の基準にしていると思うのです。 しかし、スペインの人たちの多くはそうではなく、自分を中心にしていろいろなことを考えたり、判断したりしています。彼らは、地域社会や組織の中で、個人のプライベートな部分にはお互いに立ち入らないし、干渉しない。家庭生活や余暇の過し方、仕事、買い物、服装の好み等のプライバシーはお互いにしっかりと守っています。 マドリッド日本人学校の現地採用の職員はもちろん、企業や官庁の職員の多数は、勤務時間を超えてサービス残業をすることはありません。どんなに仕事がたまっていても、時間で区切ります。明日出来ることは、今日やらない「アスタ・マニアーナ(明日があるさ)」の精神なのです。 勤務時間終了後は、家へ帰って家庭サービスです。買い物、子守り、芝刈り、サッカーの試合、自転車の遠乗りと、やることはたくさんある、というのですね。 日曜日は安息の日。商店は全てお休みです。一家で着飾り、教会へ出かけ、神父さまのお説教を聞きます。 スペインの家庭では、子どもと高齢者を非常に大切にしています。午後のシェスタ(昼寝)の後の散歩に、おじいちゃん、おばあちゃんを両側から支えて、静かに散歩している家族の後ろ姿を見るのは、本当にいいものです。日本の家庭でも、つい最近まで厳然と存在していた、良い意味での「大家族制度」のよさが、スペインにはまだ残っているのです。 また、この国では、父親が会社の残業で家族と共に夕食をとらない生活など、とても考えられないようです。 日本の小・中学生の生徒指導上の問題点を考える時、この父親の存在と家族の役割分担をもう一度考え直す時だと私は思います。夕食の時間帯に父親がいないことが、あまり不思議では ない家庭・社会のあり方は、大層問題なのであり、家族の絆を皆で論じる時だと考えます。 平成9年6月11日(水)付 埼玉新聞 ![]() 現地校の児童・生徒と合同授業に取り組むマドリッド日本人学校小学部 6年生。 自主性尊重した教育 学校に「いじめ」はない−(3) 日本で問題になっているいわゆる「いじめ」について、スペインの学校ではどうか、社会全体ではどうなのかを考察してみましたが、今回は、マドリッド日本人学校の場合をリポートします。 世界各国にある92の日本人学校は、マドリッドだけでなく、どこの国でも同じで、小学校1年生から中学校3年生までが同じ校舎で一緒に学んでいます。ですから、運動会や学習発表会などの学校行事や現地校との交流教育などでは、上級生が下級生の面倒を実によく見ます。 この縦割りグループによる指導によって、子どもたちの意識が大きく変化していることを感じます。リーダー格の中学校3年生にとって、小学校1年生までいるグループを取り仕切ることは、並大抵のことではないと思うのです。それだけに、事を成し遂げたときの成就感もまた大きく、この当事者意識が、子どもたちを育てているのです。 次に、子どもたちの適応の早さがあげられます。 日本人学校は、保護者の転勤によって学年の節目に関係なく、学期に10人前後の子どもたちの編・転出入があります。これだけの子どもたちが編入し退学(転出)すれば、適応指導が大変だろうと思うし、私も、赴任当初はこのことを心配しましたが、編入してくる子どもたちは実に適応が早いのです。このあたりに少し触れてみたいと思います。 マドリッド日本人学校へ編入してくる児童・生徒は、中南米の日本人学校、欧州の学校からの子が多いのですが、それぞれ言葉遣い、服装、生活習慣等が少し違います。通常、小・中学校ではこの少しの違いが「摩擦」「仲間外れ」「いじめ」の原因となることが多いのですが、子どもたち同士、教職員、学校全体にそれぞれの違いを「違いとして」認め合い、大きく包み込む「大らかさ」が感じられます。 なぜ在外の地では、この「お互いの違い」を「個性」として認め合い、児童・生徒相互、教師と生徒、親と子の間で「お互いを過度に干渉しない」で適正な距離を保つことが出来るのに、日本ではこれが出来なくなってしまうのでしょうか。日本国内では「早く、早く」といって「規則・ルールを守る」ことが生活の価値基準・暗黙知として、お互いがルール化し、拘束し合っているような一面がありやしないだろうか。このことが過ぎると、お互いを過干渉する結果になってしまうのではないでしょうか。 在外の地で、大勢の子たちを教育し、保護者、地域の関係者と話をしながら、このようなことを感じています。 また、マドリッド日本人学校・補習授業校には生徒心得がなく、児童・生徒の自主性を尊重した教育が行われている点も注目されます。 平成9年6月18日(水)付 埼玉新聞 ![]() 校内宿泊学習の夕食風景。夏のマドリッドは、午後8時を過ぎても太陽は まだ沈まない。写真はマドリッド日本人学校中学部3年生。 文化への意識高く − 現地校と合同授業の実施 − マドリッド日本人学校では、国際性豊かな児童生徒の育成を目指し、交流教育に力を入れています。文化交流、スポーツ交流、学習発表会等、学校を挙げての現地校との交流活動に加えて、私がイメージしているもう一歩踏み込んだ形の交流が、合同授業であります。 本校職員と綿密なる打ち合わせの上で、現地の交流教育相手校である、F ・ケベド校と合同授業に取り組みました。 第一回を実施する上で一番問題となったのは、やはり言葉の問題です。こちらは日本語で、向こうはスペイン語で、ということだったのですが、結局英語でやりましょうということでお互いの第二言語で授業をすることになりました。 スペインでは、EU 統合後の国際化に備え、4年生から教育課程に位置づけた英会話を学習していますから、9年生ぐらいになりますと、とても上手に英語を話します。また、マドリッド日本人学校の子供たちも、小学部1年生からネイティブ・スピーカーによる英会話を教育課程に位置付けて学習していますので言葉に対するアレルギーはないようです。 さて、その合同授業の様子ですが、スペインの子どもたちと、日本の子どもたちが机を並べて一緒に学習している姿は、実にほほえましく、いいものです。それだけで話が弾みます。日本人学校の中学部3年生が、日本の風俗、習慣、伝統、文化、スポーツ等をまとめ、一人ひとり発表し、それに対して質疑応答を行いましたが、日本の優れたエレクトロニクスの技術や自動車の性能のよさ、サラリーマンの勤勉さ、時間の正確さなどに質問が集中しました。 また、さすがスペインの子と思ったのは、「日本にも、プラド美術館のような立派な美術館はありますか」「国立劇場はいくつありますか」というように、非常に文化に対する関心の高い質問が次々と出てきます。この国に、ベラスケス、ゴヤ、ピカソ、ガウディ−などの天才が育つ素地はこの辺にあるのでしょうか。 余談になりますが、私がいつも楽しみにしている、マドリッド旧市街で日曜日に開かれる「ラストロ(蚤の市)」では、絵画、彫刻などの通りはいつも人が一杯で、文化の薫りの高さに感心しています。 平成9年6月25日(水)付 埼玉新聞 ![]() 合同授業に取り組むマドリッド日本人学校と現地のセント・マイケル校 児童・生徒。 予算と人事を重視 − マドリッド日本人学校・校長の職務 − 日本の公立小・中学校での校長の職務の主たるものは、良い教育課程の編成・実施・評価そして教職員の管理であると考えられますが、日本人学校での日々の職務は、これに加えて予算、人事、渉外等の、どちらかといえば行政マンとしての仕事が加わります。 マドリッド日本人学校・補習授業校は、在スペイン日本国大使館付属の教育施設ですから、経営面では私立学校の、教育課程の管理、人事管理、服務監督等の面では公立学校の性格を併せ持っているのです。 これらの職務の中で、私が特に重点的に取り組んだのは、予算と人事の問題でした。 欧州の日本人学校は、今、どこも悩みは同じで、マドリッド日本人学校も1990年代前半までの景気拡大、右肩上がりの児童生徒数増加から、バブル崩壊による日本経済の景気後退によって企業がスペインから相次いで撤退し、児童・生徒数が減少し、授業料収入は激減しているのに、教職員定数をはじめ、組織は拡大したままで問題は先送りされているのですから、経営難は自明の理、経営の基本である「キャッシュ・フローの概念」が、関係者の意識の中で欠落したままの状態なのであります。 最初に手がけたのは、教職員定数の適正化でした。マドリッド日本人学校の教職員24名のうち、14人が日本の文部省からの派遣教員、残り10名が現地採用の教職員です。 日本の公立小・中学校で過員を解消する場合、その多くは人事異動で行いますが、日本人学校の現地採用教職員の場合は、異動する学校が他にないわけです。児童・生徒数87名の授業料収入で学校予算を組みますと、何とその80%近くが10名の現地採用教職員の人件費で消えてしまいます。日本人学校設立当初の若干のファンドは特別会計で持ってはいるものの、これを取り崩して学校予算に充当していたのでは、近い将来、経営は破綻してしまいます。マドリッド日本人学校の財政を再建し、健全なる経営を志向するためには、現地採用教員10名のうち、3名を解雇、2名を常勤から非常勤に勤務形態を変えざるを得ませんでした。 リストラを断行しなければならないわけですが、昭和56年に日本人学校が設立された当初からの教職員を中心として既得権を譲らずに、すっかり共同体化した組織にメスを入れるには、相当な痛みを覚悟しなければなりません。この国では、法制が日本と基本的に異なっているところがありまして、裁判が長期化しますから、リストラにもカネと時間がかかり、かなりのエネルギーが必要でした。 次に服務監督の面では、現地の法制上の制約が、学校運営に大きく影響していました。 マドリッド日本人学校では、「国際性豊かな児童・生徒の育成」をテーマに、学校研究課題を設定しており、この推進のために、夏季休業中に研修を計画したのですが、夏季バカシオーネ ス30日(スペインの労基法上は合法)を理由に現地採用教員の協力が得られず、派遣教員のみで研修会を組まざるを得ませんでした。 また年度末には、有給休暇未消化分の買い上げの補正予算を組むのに、いつも四苦八苦していました。現地採用教員は、年次有給休暇を残しますので買い上げの額も大きいのです。 財政再建を第一義に、いろいろなことに取り組みましたが、人事問題では裁判が長引き、残念ながら最後まで受容的、共感的な人間関係を構築することが出来ませんでした。しかし、教職員定数が適正化され、小さな新しい組織となってからは、学校管理・人事管理の面で風穴が開き、学校経営の視点からは、かなり「風通し」が良くなりました。こうなりますと、学校という組織は、授業にも活気が出てきますから、不思議なものです。 共同体化した組織を活性化させ、機能体化させるためには、時には労使で痛みを共有する覚悟が必要です。 平成9年7月2日(水)付 埼玉新聞 重要なレセプション − 大使公邸 懸案事項の根回しの場 − 「スペインの教育事情」を連載で報告しておりますが、今回は在任中のエピソードを交えて お伝えします。 日本人学校・校長夫妻の重要な職務の一つに、レセプションがあります。在スペイン日本国大使館主催のレセプションは、いつもとても楽しみにしているのですが、過日に行われたレセプションは何とも愉快で、日西両国の長い歴史を感じさせましたので、その様子をお伝えします。 この日の招待者は、主賓が在スペインの各国大使、外交官夫妻でした。スペイン側は、やはり政府関係者に加え、1996年と97年のミス・スペインが花を添えました。どうして大使館主催のレセプションにミス・スペインなのかといいますと、これがまた何と悠久久しい日西の歴史を感じさせるのですね。 遠く1614年、慶長の遣欧使節団の支倉常長一行がスペイン南部のセビージャに到着し、大層な歓迎を受けたのですが、この一行のうち数人がスペインに残り、現地のセニョリータと結婚し「ハポン(日本)」姓を名乗るようになったのだそうです。今では、スペインの南部に、ハポンさんが5〜600人ぐらいいるのだそうです。私たち日本人が嬉しいのは、1997年のミス・スペインは、セニョリータ・ハポン、つまり日系のミス・スペインが誕生し、晴れてこの日の大使公邸への招待となったわけです。 当日は、厳重な警備の玄関で、ホスト役の大使閣下夫妻へお招きいただいたお礼を丁重に申し述べ、次の間で食前酒をいただきながら、しばし立ち話に花が咲きます。 しかし、立ち話といってもこの時間が極めて重要なのでありまして、この場所には、日本人会、経済界代表の水曜会会長、マドリッド駐在企業のトップの方々、公使、参事官と日本人学校にとって、学校運営上ご意見をいただかなければならない皆さんが、ずらりと顔を揃えておられます。 設置母体が現地経済団体の水曜会、ステータスが在スペイン日本国大使館付属教育施設ですから、日本人学校の校長としては、学校運営上、予算を伴う懸案事項の根回しの場であると心得、積極的に話の輪に加わっています。 それにしても、これだけ厳重に警戒しても、ペルー日本大使公邸のような人質事件が起こってしまうのですね。(1996年12月17日に起こった、トゥバク・アマル革命運動のメンバーによるペルー日本大使公邸人質事件)。 平成9年7月9日(水)付 埼玉新聞 個性認め合い生活 − 求められる心のゆとり − スペインの教育と日本の教育を論じてきました。連載を終えるにあたり、私なりに考えをまとめてみたいと思います。 スペインの公立学校と日本の公立小・中学校を、いろいろな面で比較してみますと、学校全体としての組織力、専門職を志向する職能集団としての教職員一人ひとりの意欲と情熱、生徒の知的レベルの高さ、保護者・関係諸機関との連携・協力体制など、どれをとっても私には、日本の教育の方が優れていると思えるのです。 しかし、結果として日本の小・中学校では、これだけ「いじめ」や「登校拒否・不登校」が顕在化しているという厳しい現実が一方にはあるのです。 どうしてなのでしょうか。ここのところを、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。 日西両国の社会、教育を論じていて日本とスペインでは、「ああ、ここは基本的に異なるな」と思える面が、私にはどうしても二つ残ってしまいます。 一つは「いらぬこと、どうでもいいことで、お互いに他者を干渉しない生活」、もう一つは「それぞれが、お互いの違いを認め合って生活すること」の二つの違いです。 スペインの社会では、大人も子どもも自分を中心にして考え、行動し、それがスペイン人全体の強烈な行動様式を形づくり、個性の発揮となっています。 この国では、日本でよく見られる服装や髪型、考え方、行動様式などでの国民的な流行はほとんどなく、それぞれが他者とのかかわりよりも、自分を中心に、おおらかでゆったりと生きています。 交流相手絞であるF ・ケベド校でも、L ・ハラレス校でも、私がこれだけ出入りしていても、けんか・いさかい等で泣いている子は、ほとんど見たことがないし、子どもたちは学校の休み時間等には、外で実によく遊びます。子どもたちの遊びの場面をよく見ていると、大勢で仲良く遊んでいるようでも、一人ひとりがかなり自己主張をし、強烈な個性を発揮し合っていますが、それが衝突・けんかの原因になるのではなく、その場面を全体が何となく認め合っているようでもあります。この場面では、日本の小・中学校でなら間違いなくけんかが始まるだろうな、と思えるような状況でも、大きな声で自分の言い分は一歩も引かずに言いますが、そこまでで踏みとどまり、手を出して殴りかかりませんから、何事も起こりません。とても不思議です。 ところが、近年の日本の小・中学校では、何でこのようなことでけんか、諍いが始まってしまうのだろうと、大人が不思議に思うような些細なことで、もめ事が始まり、しかも取り返しのつかないような事件に発展してしまうような手を使いますし、時にナイフや刃物で相手を攻撃してしまうような凶悪な事件もしばしば報じられています。 かつては、日本の子どもたちの社会でも、けんかなどの場面では「禁手(きんて)」という厳然たる「けんかのルール」がありました。「禁手」とは、けんかのどのような場面でも、手を出してはいけない、守らなければならない三つのルールのことです。 手を出してはいけない場所の第一は目です。目は、どのようなけんかの状況でも、狙ってはいけませんでした。次が鳩尾(胸骨の下の方・胃のあたり)、そして三つ目が金的です。この三つには、「決して手を出して攻撃してはいけない」、というルールがありました。子供社会の暗黙知と言ってもいいでしょう。けんかをしていて形勢不利になり、この「禁手」を犯すと、後々までも、グループから「やつは卑怯だ、ずるい」と「仲間はずれ」にされる厳しい制裁があったのです。私たちが育った頃の子供社会の「社会規範」は、けっこう厳しかったのです。 さて、振り返って私たちの日常生活の場でも、「どうでもよい、いらぬことでお互いを干渉しあったりしない」で、且つ「それぞれの違いを認め合った生活」が出来れば、日本の社会も、もっと過しやすい社会になるのではないでしょうか。 スペイン教育事情見聞録、これで閉じさせていただきます。 連載記事執筆にあたりまして、大変お世話になりました埼玉新聞社編集局の江利川義雄記者、並びに取材でお世話になりました多数の皆様に、心より厚く御礼申し上げます。 読者の皆様、長い間ご愛読有難うございました。 平成9年7月16日(水)付 埼玉新聞 |
![]()