エピローグ

何事も大らかで、ゆったりと子どもたち一人ひとりの「個性、独創性」を大切にした教育を実践し、日本の学校のような「生徒心得」等の決まりはなく、校風は比較的自由だが、いじめ、登校拒否等の問題が非常に少ないスペインの学校。
一方、几帳面できめ細かく、物事の筋道はきちんと立て、厳し過ぎるくらいきっちりと教育活動に取り組んでいる日本の学校。
平成6年4月から文部省の派遣で、マドリッド日本人学校・補習授業校の校長として、あまりにも対照的な日西両国の義務教育を管理職として経験しましたが、この間の日々の生活は「異文化の間」で揺れる、私自身の教員人生だったことを実感させられると共に、「教育とは、人生とは何か」を問い直す日々でもありました。
スペインの学校で勤務しながら、ウェブ・サイト「マドリッド通信」を書き綴り、日本での過ぎ去った生活を振り返ってみると、私たちが生きてきた20世紀後半の日本の社会は、全ての思考、行動様式の基準を、科学的客観性にのみ求め過ぎていたような気がします。科学的裏付けの無いものは「非科学的だ」と排除し、ただひたすら合理性、機能性、科学性のみを追及してきた人生だったのではないでしょうか。
その結果、日本は経済的に高度な成長を遂げ、自由世界をリードする国にまで発展しましたが、その姿は、物質的なモノ、カネよりも大切な「人としての高邁なる精神性」を置き去りにして走り続けている人の姿にも重なります。「科学技術が高度に発達し、生活が快適になれば私たちの生活は満たされ、人は幸せになれるのか」・・私は今、私自身の歩んだ人生に、ふとそのような疑問符を投げかけています。
戦後の復興期を駆け抜け、東京オリンピックが開催された昭和39年、中学校の社会科教員として教員人生のスタートを切った頃、18、900円の給料を節約し、当時もてはやされた「三種の神器」の白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫が私の下宿先に届いた時のあの興奮した気持ち、幸福感は、今でも忘れることが出来ません。そして、あの頃は、「明日は今日よりももっと良くなる」と、私はそう信じて日々の生活を頑張っていました。当時の私自身は、少し何かが不足しているそのような毎日の生活で十分幸せでしたが、現実はどうだったのでしょう。私たちは、横並び一線で「砂上の楼閣的な幻想」の中にいたのではなかったのでしょうか。
中学校の教員時代を思い返せば、昭和50年代だったと思うのですが、日本経済が右肩上がりで成長を続け、質的充実よりも量的拡大に日本全体が走っていた頃、中学校の生徒の気質に、私は、「ある変化」を感じていました。「自分さえ良ければ、他者はどうでも良い」「利他よりも利己」「公より私」と言うようなエゴイズムが学級の中で顕在化してきていたような気がするのです。生徒会の役員や文化祭の実行委員というような役どころに立候補したがらない。「今、自分に出来ることは何か」「公の為に、自分は何を為し得るのか」というような、人として大切な公徳心、高邁な「公」の精神が忘れ去られてしまったのです。
今の日本の教育、子どもたちを取り巻く社会的な環境を欧州から見つめていて、明らかに欠落しているものがあります。
その一つは、人が、人として社会に生きてゆくために必要な諸々の基本的な価値観、倫理的・道徳的な価値観をはっきりと子供たちに教えていないことです。「それは違う」「間違っている」と、学校でも、家庭でも、地域でも、大人がはっきりと子供たちに教えていないことです。「公」の観念を家庭教育・学校教育の中で子供たちに指導しなければならないのに、大人がここを避けてしまっていないだろうか。家庭では我が子に、学校・地域社会では時代を背負う子供たちに、それぞれの立場で発言しなければならない時なのに、何を遠慮しているのだろうか。人格が完成するまでまだ時間がかかり、教育・しつけの必要な子どもたちに対して、事の善・悪を繰り返し言い聞かせ、指導しぬくことは大人の責任であり、ここは父親の出番であると考えますが、多忙な日本の社会では、それが出来難い状況にあるのです。
もう一つは、学校でも家庭でも、子どもたちとのスキン・シップが不足しています。子どもたちとの挨拶や日常的な係わり合いの場で、良いことは「よし・・」「そう、そのとおり!」と褒め、子どもたちを理屈抜きで抱きしめて肌の温もりを伝え、大きく包み込む努力なしには子どもの健やかな成長は期待出来ないと、私は強く思っているのですが、日本の社会はここが不足しています。
人生、経済性・機能性だけではなく、「アスタ・マ二アーナ(また明日)」と、悠然と今日を生きる精神的ゆとり、ふと立ち止まって足元を見つめることが出来る人生が、今、私たちに求められており、時代は大きく変化しているのです。
『続・マドリッド通信− スペイン教育事情見聞録 ―』は、私自身のそのような思いを書き綴ったものです。
本書を出版するにあたり、多方面にわたって的確な指導・助言をいただきましたフェリペU世大学のカルロス・ルビオ教授、カスティ−ジャ・ラ・マンチャ大学のフェリペ・センテジェス教授、セセーニャ村在住のアグアネル・マヌエル、アンへラご夫妻、マドリッド在住のホアン氏に心より厚く御礼申し上げます。
有難うございました。
平成18年2月 著者 加瀬 忠