マドリッド通信>37号
オーラ ケ・タール?
私たちが2度目のマドリッドへ赴任して2週間たちました。何もかも懐かしく、EUが統合されても、スペインの人たちのおおらかな人情は少しも変わっていません。
マドリッド補習授業校も新学期を迎え、去る4月17日に無事スタートする事ができました。マドリッド通信も2年間中断致しましたが、37号より再開し、お届けします。
▼ラス・ロサスの街 ▼
マドリッドへ到着して最初の仕事は、私たちの住む家探しでした。
学校の近く、マドリッド市内と一週間近くかかって何軒も見て回ったのですが、結局ラス・ロサスの街のピソに決めました。この街は、以前私たちが住んでいた街です。マドリッド市内にも、とても気に入ったきれいなピソがあったのですが、やはり故郷が懐かしくなるものですね。
ラス・ロサスの街は、マドリッドの市内から北へ車で約15分。 私たちのピソのすぐ前を国道6号線と鉄道の環状線が走り、バス停へも、駅へも数分の便のよさです。また、街の郊外には大きなスーパーマーケットがあり、食料品から日用・雑貨まで、何でも揃っています。
実を言いますと、私たちがこの街に住むことに決めたのはもう一つ理由があるのです。ヘミングウェイの名作「誰がために鐘はなる」で描かれている、ナバセラーダの山々が、手を伸ばせば届きそうな所にあるのです。夕日が沈むナバセラーダの稜線の美しさを眺めながらジョギングをし、「スペインの内乱」に思いをはせる一時も、悪くないなと思うのです。
▼マドリッド補習授業校 ▼
私がこれから勤務することになる、マドリッド補習授業校ですが、この学校は日本の中学校とは少し性格の異なる学校です。
ステータスは在スペイン日本国大使館付属の教育施設で、児童・生徒数は150名。国籍はそれぞれスペイン、日本、アメリカと様々です。日本のインターナショナル・スクールをイメージしていただけると理おしr解しやすいと思います。私がマドリッド補習授業校の校長を引き受ける条件の一つに、授業を受け持つ事を希望しましたので、久しぶりに授業を担当しております。国際クラス最上級生、年齢が16〜20才の生徒15名のクラスですので、まあその賑やかなことは言葉ももちろんですが、彼等はこちらの指示・指導に、自分が納得しなければ前へ進みません。
4月17日、私の1時間目の授業の様子をお知らせします。
先ず顔合わせ。私自信の自己紹介の後、それぞれが3分程度で自分のアピールを主に自己紹介という、ごく普通の段取りを取りました。
さて、自己紹介開始です。私はその順番を、私の隣の生徒から考えていたのですが、生徒は全く聞きません。「先生、なぜ先生の隣からなのですか」「次は前ですか、隣ですか」「一番遠くの席からという考え方もあります」と言う具合です。
ああ、私のクラスの席順のせつめいがないと、このやりとりは分かりにくいですね。
私のクラスは、生徒と担任が向かい合うのではなく、円形にお互いが隣り合って座っています。ですから、順番のルールがいくつも必要になるのですね。それでも、こちらの考え方を説明し、納得をすると仕事は早いです。
最初の授業で頭の切り替えをしなければならなかったのは、次に服装とアクセサリーの事でしょうか。制服が決まっていませんから、それぞれが全く自由な服装をしています。男の子も女の子も、ネックレスをしイヤリング等をしているのですね。
それでも私は当番を決め、授業の始めと終わりに「起立」「礼」「着席」のルールを指導しました。それも、私が日本の中学校で社会科の授業をしていた頃のように「ハイ、背筋をしっかり伸ばして」と、やっているのですが、不思議にあれだけ自分の意見を「なぜですか、先生」と述べる彼等が、これだけはしたがうんですね。ワイワイ・ガヤガヤしていたクラスが、当番の「起立」の号令で静かになるのですから、私も自分で内心驚いています。
この当番、最初は両親が日本人で、日本語も理解できる生徒にさせていたのですが、スペインの子が興味を示し「当番をやりたい(勿論号令かけ)」と言ってるので、次の週は、20才になるスペインの生徒に、スペイン語ではなく、日本語でやらせようかと覆っています。授業終了後の掃除も指導しているところです。
▼ビノとパンと太陽と ▼
「スペインってどんな国」と聞かれたら「ビノとパンがおいしくって、太陽が明るい国」と言うのが、私の答えなのかな。さらに「スペイン人って、どんな人」と聞かれたら「そう・・・男の人はドン・キホーテのようで、女の人はカルメンのような人たち」となるのかな。
一日の仕事を終え、ゆったりと散歩し、バルでビノを飲みながらお喋りをしているスペインの人たちを見ていると、人生って何だろうと思うことがあるのです。
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