マドリッド通信>38号

 オーラ ケ・タール?
 スペインの春はあっという間に過ぎ、強い夏の日差しに変わりました。私たちのピソのプールもきれいに水が入れ替えられ、プール・サイドでは日光浴をする人たちの姿が目立ちます。夏のバカシオーネスまでは、まだ少し時間が早いというのに、スペインの人たちのこのエネルギーには、いつも感心させられます。
 今年はアマポーラの花が少し遅かったのですが、今週初めから一気に咲き始めました。やはり、このアマポーラの真紅は私たちのスペインのイメージです。雨の少ないイベリア半島の大地とアマポーラの紅は、良く似合います。

現代のドン・キホーテ、ホアン氏
 私たちが、マドリッドへ住んで2ケ月になります。過日、ラス・ロサス市役所へ行って、住民登録を済ませました。ということは、マドリッド市民になったという事なのですが、市役所の担当官から「スペインの選挙権があるんです」といわれた時は、さすがに複雑な心境でした。
 さて私たち、スペインでの生活がスタートするにあたって、いろいろな人たちにお世話になりました。なかでも、ホアン氏とパブロ君なくしては、私たちの生活を語ることは出来ません。住宅のこと、電話、車の購入、社会保険のことなど、どれ一つとっても手続きに時間と手間がかかります。日本のように万事スムーズに運ぶお国柄ではないこの国のこと、私たちのスペイン語力ではとてもクリアー出来る事ではないですからね。
 私がドン・キホーテと呼ぶホアン氏について少しお話します。覚えておいででしょうか、昨年秋の娘の結婚式の時に、ビノを輸入した時にお世話になった、あのホアン氏です。
 私たちがスペインで「困ったなー」と思うことは、彼に相談することが多いんですが、「よっしゃ、任しといてくれ」といった時には彼はもう行動しているんですね。お願いした事が成就すれば喜び、失敗しても誰も恨まず、傷つかず、「Sr.カセ、このことは運が悪かったな・・・」と、堂々としている様は、風車を巨人と間違え、羊の大群を軍勢と思いこんで突進する、ドン・キホーテ・デ・ラマンチャの世界です。
 ホアン氏はまた、その行動様式が典型的なスペイン人でもあります。
 私と翌日の時間等を打ち合わせるとき「Sr.カセ、明日は10時か12時頃行くから」と言うんですね。ちょ、ちょっと待って下さい。午前10時と12時では2時間もあるんですから、「もう少し、どちらかへ寄せてください」と思うのは、私が日本人だからなんですね。ホアン氏は、少しも気にしないんですから。
 で、この時は「やあやあ」と言って、11時半頃に現れました。
 まあとにかく、道が混んでいたり、バスが故障したり、それでも遅れた理由は一応述べるのですが、その後がまたすごいんですよ「Sr.カセ、まあとにかく一杯やろうや」と、すぐバルを探し、ビール又はビノと言うことになります。
 ホアン氏にSOSを発する時は、たいていこちらが急いでいるときなんですが、あまりガーガー言わないことにしています。それに、私も「まあとにかく一杯」には、ほとんど意義がないんですから。
 スペインの人たちとの付き合いは、ここが大事なところだと最近わかりました。
 ホアンさんごめんなさい、いつも無理なお願いばかりしていながら、こんなことを宣もうて。

セミナー・クラスその後
 私が担当することになったセミナー・クラス、15人のうち半数がスペインの子とアメリカ系の子です。
 授業開始の時の当番「起立」「礼」「着席」を、両親がスペイン人のミゲルが興味を示し「やりたい」と言うのもですから、先週からミゲルにやらせています。彼は、私が教室に入ると、気合を入れて「起立です」とやるんです。「ミゲル、ですはいらない。起立と言え」と私が言うと「はい、わかりました。起立」とやります。
 帰りの掃除当番も定着してきた感じがします。もともとスペインの子たちは学校での掃除当番の経験がないものですから、自分の教室を掃除するという概念が理解できないんですね。授業が終わってすぐ帰ろうとする子もいるんですが、「お前ら、掃除は・・・」と言って指導を繰り返しているところですが、後門のところまで行って帰ったふりをして、またぞろぞろと教室に戻ってくるんですね、あれ嬉しいですよ。いろいろと御託を並べていても、こちらの指導には従っているわけですから。
 過日、補習授業校の授業参観、学級懇談を行いました。
 多数の保護者が参加してくれたのですが、私が話したことは、人の話は静かに良く聞くことを基本に、授業規律、クラスでのきまり等々が中心でした。
 日本の中学校ではないのですから、私も相当のリアクションは覚悟の上での保護者会でしたので、今後の事の推移を見守りたいと思っています。
 ちょっと余談になりますが、私のクラスの生徒が授業中に、右足のふくらはぎと太腿(大腿四頭筋)の強いケイレンで突然倒れたんですね。大きな男の子が「先生、痛い痛い」と言って右足全体がつってしまっているんです。
 足がつって動けなくなることは、私も学生時代に駅伝で何回か経験していますから、その場の処置には問題なかったのですが、その子が足をつってしまった原因を、それとなく耳にして少し考えさせられました。
 こういう事の顛末なんですね。
 彼は前日ディスコに行き、一晩中踊り続けて朝の8時に家へ戻ったのだそうです。そのまま寝ないで登校し、全身の筋肉がオール・アウトの状態となったわけです。
 「お前、眠るなよ、いいか!」と言って授業を続けました。こんな状態で授業中に眠り込んだら、私はつまみ出そうと思っていましたから、こちらの気持ちは伝わっていたと思います。その日の授業は静かに終わることが出来ました。

駐在員の親は大変
 この子の保護者は、日本の某有名企業の役員です。
 日本企業の駐在員の子女が、朝の8時まで家に帰らずにいる、私はその事を深く考えてしまうのです。
 あまり気になるものですから、クラスの子達に聞いてみたんですね。そうしましたら数人の子が同じような事をしているんです。女の子も同じです。
 それで、これ後で分かった事なんですが、スペインの子たちは17才になると、子供同士でこのような通過の儀式を伝統的に行っており、親も、社会もそれを暗黙のうちに認めているようなのです。ダバコもそうなんですが、どうも私の意識とは重ならないところがあります。
 実はここのところが、マドリッド補習授業校の今後の課題だと、私自身考えているのです。生徒の三分の二は日本人ではないのですから。 EU統合前夜のヨーロッパ  私たちが今回、再びスペインへ赴任するにあたっての一番の興味と関心事は、やはりスペインの人たちの、あの明るい人情と社会のおおらかさが、EUの統合によってどう変わったか、と言う事でした。
 ご存知のように、ヨーロッパ15ケ国では、すでに人と物の異動は自由となりました。残されたのは2002年1月に予定されている、単一通貨・ユーロの流通のみとなったわけですが、その準備段階として、今、マドリッド市内の主だったデパート、スーパー・マーケット、大きな商店街では、価格表示がペセタとユーロでなされています。毎日、新聞の為替レートを調べ、円をペセタに、そしてペセタをユーロの換算率に目を通すことがどうしても必要なのです。私のBBVバンクの口座も、日本から送金される円とスペインのペセタ、EUのユーロで表示がなされていますので、円をペセタに換金するタイミングを見誤らないように、必然的に目を光らせる事になります。
 さて、このようにEUの完全統合は目前なのですが、私から見たスペイン社会は、少しも変わってないように見えます。多数の人々は14時から17時までのシエスタの習慣を守り、ビノ・ビールは昼食でも遠慮がなく、お喋りと散歩が好きなスペイン人気質は、羨ましくもあります。
 市役所へ住民登録に行った時は、それでもさすがに驚きました。9時から13時までしか開いていないのですから。

ビノのはなし
 スペインにはおいしいビノがたくさんあります。
 マドリッドから北へ150Kぐらい走ったピレネー山脈の麓に、リオハという町があります。この町でできるビノは、スペインでも最上級とされているのですが、石灰質の土壌で栽培される良質のブドウを絞って長年ねかせ、熟成させたビノはさすがです。1982年、87年、91年、94年が傑作の年と言われているのですが、私がリオハのボデガで絞ったビノが94年ものです。

スマートなスペイン紳士
 過日、マドリッドのバス停留所での心暖まる出来事。
 モンクロアのバス・ターミナルでバスに乗り、発車を待っていた私たちの耳に、バスの運転手さんと若い女の子の会話が聞こえてきました。「私、フロリダまで行きたいのだけど、バス賃がないの」「それじゃあ乗れませんよ、お嬢さん」と言うようなやりとりでした。フロリダといえばマドリッドで一番の高級住宅地、よほど何かの事情があったのでしょう。
 と、私たちの後から「運転手さん、そのお嬢さんのバス賃は私が出しましょう」と、紳士が颯爽と前へ行くではありませんか。イヤ・・・何とスマートなこと。で、その女の子、フロリダで降りるとき「ムーチャス グラシアス、ガバジェロ」と言い、紳士は「言いや、良いんだよ」の一言。ゾクッとしました。