マドリッド通信>39号

 オーラ ケ・タール?
 お元気ですか情熱の国スペインの夏は駆け足でやってきました。アマポーラの鮮烈な紅から、今はヒマワリが咲き始め、アンダルシアからラ・マンチャ地方へとヒマワリ前線の北上です。マドリッドでもこのところ、軽く40度を超えていますから、間もなく一面のヒマワリの黄色の世界に変わります。
 スペインの現地校は6月18日に3学期が終了し、バカシオーネスに入りました。マドリッド補習授業校も、6月26日に一学期を終えます。

よく遊ぶスペインの子
 前回(4年前)のマドリッド通信13、14号で、スペインの学校に不登校・いじめが極めて少ない理由を報告しましたが、今回は、別の角度からさらに考察してみたいと思います。
 いつも、我が家の夕食の時刻(PM8時〜9時)になると妻と話をするのですが、この時刻では、スペインの人々はまだ散歩をしているのです。子供たちは、街の中心プラサ・マジョールに集まって、あっちこっちでインフォーマルな集団が出来あがり、がき大将を中心にして遊んでいるのですね。よく見ると、年齢は横並びではないんです。小さい子から、相当大きい子もいます。つまり、自然発生的な縦割り集団となっているのです。サッカーとかバスケットのように、ルールがはっきりしている遊びではないですから、ルールは自分たちで作り上げ、大将が皆に言い聞かせているのです。
 感心します。
 子供たちは、このような遊びの中から、大切な人とのかかわり合いを学習しているのではないでしょうか。ルール違反に対する子供同士の応酬は凄いですから。
 一方、日本の小・中学生の多数はどうしているのでしょうか。
 子供たちは学校から家へ帰っても、外へ飛び出すのでもなく、一人でゲームをしたり、塾へ通ったりしている子が、私のまわりでは多かったのですが、どうなのでしょうか。このような閉鎖された状況の中では、豊かな人間性や社会性は育ちにくいと思うし、何よりも、子供が子供らしくなくなってしまっていると思えるのです。
 「生きる力」は、知識として大人が子供たちに教え込むことだけではなく、子供たち同士が日常的な関わり合いの中で「知恵」として身につけることだと、私は考えるのです。
 この場面では大人が出過ぎてはいけません。少し距離を置いて子供たちを見つめる心のゆとり、おおらかさが求められているのですが、現実は異なりますね。
 私も、日本の中学校の校長時代は、体育祭、駅伝大会等大きな学校行事が無事終了すると、行事そのものの成功を喜ぶ気持ち、成就感よりも「ああ、事故なく終わって良かった」と、思う気持ちの方が強かったのです。これでは良い教育は出来ません。でも、無理ですね。学校では何も起こらなくて当たり前、ひとたび部活動や授業で事故が起これば、とことん責任を追及する、一部の心無い人たちがいますものね。
 考えてもみて下さい。一時じっとしていない子供たちが500人も1,000人も集まって生活しているのです。何もない状況など思いも及びません。
 実は、スペインの社会と日本の社会は非常に共通点があるのです。その一つが家族構成です。大家族制度が今でも残っており、家庭の中で高齢者が非常に大事にされています。また、若い世代では出生率が低下し、一人っ子の家が多いのです。しかし、両親は子供との適正な距離をきっちりと守っています。
 やはり教育の世界でも、この「適正な距離」に意味があるのです。

ドン・キホーテ、ホアンさん大活躍
 前回、日本人学校の校長時代は、公用のパスポートで身分は外交官扱いでしたから、生活上は苦労も少なく3年間過ごしました。ところが今回は、一民間人としての赴任ですから、全て自分たちで解決しなければならない事ばかりです。日本の役所や企業のように、てきぱきと能率的に仕事してくれません。一体この国には、サービスの精神とか、能率的という概念は存在するのだろうかと、何回思ったことだろうか。
 労働許可証と居住許可証は、2月から手続きを始め、無事許可証を手にしたのは6月4日でしたし、車の購入手続きを開始したのが4月26日で、届いたのが何と6月8日でした。もう、全てがこれ、長期戦です。
 それでも、私には強力な理解者、ドン・キホーテのホアンさんがついていてくれています。実際、ホアンさんが登場すると実に仕事が早いんですね。「Sr.カセ、これはこの方法がよいに決まっている」といったが早いか、考える時間も与えず、風車に向かって突進です。私、サンチョは、ただひたすら、だんな様に従って負けずに突進を繰り返しているのです。
 人の気持ちというものは、実に不可思議なものでありまして、だんな様に従って突進を繰り返しておりますと、いつのまにか、労働許可証の取得、車の入手の願望よりも、「どうかイエス様、だんな様の顔を立ててあげてくだせー」と、思うようになるから不思議です。
 そしてホアンさんは、日本食が大好きです。刺身、寿司、天ぷらが特に好きなようで、天ぷらなどは、私が注文した分にまですぐに手が伸びてきます。

スペインでは日本食ブーム
 スペインの人たちは、日常的に多量の牛肉を食べます。そのせいか、どうか、中年過ぎになると見事に太った人が目立ちます。校医のカラブレンセ先生の話によると、その結果、ベルトの穴が一つ増える比例にして、心臓病で悩む人が増えているのだそうです。
 ホアンさんをはじめ、スペインの人々は、日本食は美味しくて健康に良いと信じている人たちが多く、ブームとなっているのです。マドリッドの街の日本食レストランなどは、夜10時を過ぎると行列が出来るほどです。
 かつて、アメリカで日本食がブームになった時には、たしかスキヤキ、焼き鳥等がもてはやされ、歌にまでなりましたが、スペインでは違います。ホアンさんの好きな寿司、刺身がNo1,2で、続いて豆腐、天ぷらなのだそうです。醤油も人気があります。箸の使い方などは実にじょうずな人が目立ちます。
 私たちも、週末等マドリッドの日本食レストランへ良く出かけるのですが、日本の感覚がどうしても抜けきらずに困っています。日本では最初にコップで水が出されますでしょう。最後にお茶ですよね。もちろん日本では無料だったですから。スペインではこれ高いですよ。お茶、水ともに一杯200ペセタぐらいします。マーケットで売っている缶入りビールが一缶70〜80ペセタぐらいですのに。

スペインでレンタカーを借りると
 すでにお話しましたように、車が届いたのが6月8日でした。この間、買い物や役所等への交通手段は、電車、バス、時にレンタカーを借りました。
 そのレンタカーなんですが、2〜3日単位で借りれば問題ないんですが、1日単位で借りますと、返す時間が遅くなりますでしょう。そうしますと事務所はもう閉まっていますよね。閉まっていても車は返せるんです。係り員が残って時間外勤務をしているわけではありません。ここが、私たちの理解を超えているところなのです。返し方はですね、先ず車のキーを事務所のポストに放り込みます。車は事務所の前の道へ止めておきます。これで終了です。車を調べたり、ガソリンをチェックしたり、そんなことは一切しません。誰もいないんですから。借りるときにも、私は自主的に「ここと、ここに少しキズがありますね。見て下さい」と係員に言うのですが、彼等はそんなこと全く意に介さないのです。
 最も、この国の人たちの車に対する考え方は、私たちとは基本的に異なるので、やむを得ないのかもしれません。バンパーはぶっつけるためにあるのだろうし、もう、とにかく平気で相手の車に、ゴツン、ゴツンとやりますから。

羊の大群との遭遇
 我が愛車がやっと届きました。ホアンさん、本当にありがとう。
 さてさて、さっそくロシナンテ号の走行性をテストしないと、ホアンさんに申し訳ないので、出発進行です。目的地はもちろんラ・マンチャ地方。
 先ず、エル・トボソ村。ドン・キホーテの思い姫、ドウルシネーア姫の館訪問です。あるある、ひまそうなおじさんたちが、ジロジロと見つめる広場を過ぎると「ドウルシネーアの博物館」として、ちゃんと残っているのです。
 次は、風車を巨人と間違えて突進した、カンポ・デ・クリプターナの風車です。あれ、ここは何年か前に、どこかの美人さんたちをたくさん案内したな。そうそう。
 そして次は、ドン・キホーテが騎士になるために元服をしたプエルト・ラピセ。うん、思いだしますよ、ここも。
 最後は、コンスエグラ村です。ここで羊の大群が現れないtいけないんですが・・・ヤヤッ・・・いました、いました。まぎれもなく、モウモウたる土煙を巻き上げて、羊の大群が行くではありませんか。敵の軍勢ではありません。70才はとっくに過ぎている思えるおじいちゃんと、その息子です。
 「日本から来たんですけれど、一緒に写真を一枚」と言い終わらないうちに「オーラ・アミーゴ、よく来た。さあさあ」と言ってこちらの手を離さないんです。「写真送ってくれよ。おれ村中、日本のアミーゴだと言って話すんだから」と言うんです。こちらが感動してしまいました。
 スペインの田舎には、まだまだ昔の人情が残っています。