マドリッド通信>42号

 オーラ ケ・タール?
 マドリッドの街のマロニエの並木道や、レティーロ公園のプラタナスが、うっすらと金色に染まり始めました。黄葉の季節です。情熱の国、スペインの夏は、9月中旬を境にして一気に秋、そして下旬には晩秋の気配です。イベリア半島の気候の変かは激しく、温暖湿潤性気候で育った私の世界を、遥かに越えるものがあります。それでもこの季節、夕方にナバセラーダの山々に沈む夕日を見ていると、どうしてこれだけ紅に燃えるのだろうと、科学を超えた自然の神秘にしばし時を忘れます。
 2学期のマドリッド補習授業校は、文化祭などの大きな行事への取組みと同時に、日本の小・中学校の校長先生方が苦慮されている、「総合的な学習の時間」の工夫・改善・立ち上げに取組んでいます。

「日本語教室」「教養講座」などの新しい取組み
 平成14年4月から本格実施される新しい学習指導要綱のうち、「総合的な学習の時間」の在外教育施設での取組みについて、この4月から職員と話し合いを積み重ねてきました。
 「何が出来るか」、立ち上げることを前提に話を進めてきましたが、総論には賛成するが、各論ではなかなか手が挙がらず、コンセンサスが得られたわけではないのですが、10月より次の2点について実施しております。時間・PR不足で、今一つ盛り上がっていませんが、「日本語講座」については、生徒と保護者をジョイントさせた教室をイメージしています。

  1. スペイン人保護者を対象にした「日本語講座」
     ご存知のように、マドリッド補習授業校の児童・生徒150名のうち、三分の一はスペイン人です。私がこの4月に校長として赴任して早々に、保護者会全体会を開きましたが、その折に、スペイン人保護者から「通訳をつけて欲しい」との要望がありました。この要望は、はっきりと断りましたが、その時ふと思ったのです。「そうだ、保護者に日本語を教えよう。そして、私も「通訳をつけろ」と言われないように、一層スペイン語に力を入れ、保護者会でスムーズに話が出来るようにしたいと思っていますが、それにましても、第二、第三外国語で自分の考え、コンセプトを相手に伝えることの難しさを痛感しています。
     この「日本語教室」ですが、授業日の3時間めに「授業」として位置付け指導していますが、スペインのお父さん、お母さん、今のところ半々の出席です。このスペイン人の「日本語教室」を、子供たちの国語の授業とジョイント出来ないか、今、その可能性を模索中です。

  2. 日本人保護者を対象にした「教養講座」
     日本文化と社会科をミックスしたような内容で、「教養講座」として立ち上げました。準備のための時間とエネルギーは、こちらのほうがはるかに必要なのですが、こちらの思惑とは逆に、1の方が人気があります。なかなか思うように行かないものです。

  3. そして、今準備中の三つ目が、大学受験生を対象にした「論文指導」等の進路指導全般ですが、こちらの方はまだ少し「外国人学校法」等のハードルが高くて、時間がかかりそうです。私の一番期待している新機軸なのですが。

ラス・ロサスの秋祭り
 9月第三週の日曜日から2週間、恒例のラス・ロサスの秋祭りが行われました。市役所を中心にして、コンサート、フラメンコ、牛追い、闘牛そして夜店と、にぎやかな2週間でした。この間、後半の一週間は「牛追い」のために、街のメインストリートは約2キロにわたって鉄柵で囲われ、店の出入りは出来なくなります。「商売が出来ない」と言って文句を言う人ですか?「いません」いないんですよ、それが。それで、店のおじさんっちはどうしているのかと言いますと、店は一週間閉めてしまうんです。朝からビノを飲んで酔っ払い、「牛追い」が始まるまでの時間、パエジャを作り、チョリソを焼いて見物人にサービスをしているんです。何しろ、パエジャの鍋などは直径1メートル以上の大鍋、それを路上で炊き上げるのですから迫力があります。
 私は、もう「牛追い」と「闘牛」の毎日でした。「牛追い」用の牛は、闘牛用のトロスです。その気性の激しさといったらですね、鉄柵をモノともせずに体当たりし、黒い肉の塊が疾走するのです。足も早いですよ。ラス・ロサスの若者たちは、「今年は、首にさわったぜ」「いや、俺は角に手が届いたよ」と言って、自慢しあっていました。私は今年はどこも触れませんでした。足には自信があると思っていたのですが。
 「牛追い」で大勢の人たちに追われたトロス(闘牛用の黒い牛)は、街の闘牛場へ追いこまれるように鉄柵が組まれています。闘牛場へ追いこまれた6頭のトロスは、太陽が沈む頃に「闘牛」としてマタドールと対決するわけですが、今年のラス・ロサスのマタドール(闘牛士)は、例年になく勇敢で華麗な技を見せてくれました。中には、最初から両膝をつき、突進してくる牛にムレタをかざすマタドールもいて、白いハンカチ(これは観客が勇敢な闘牛士を称える時にかざす)の波がたえませんでした。
 さて、長さ1メートルはある闘牛士の持つ剣に、深々と心臓を射抜かれ、息絶えた勇敢な闘牛のゆくえは、ああ何と、闘牛場のすぐ隣には専門の解体場があり、屈強な男たちが4人で実に慣れた手つきでアッという間に解体してしまいます。半トンもある黒牛を20分で処理してしまうんですから。牛追いが、最後は現実的な場面になってしまいましたが、私自信、とても興味と関心のある事でしたので。

ストックとフローの差
 スペインの街を歩いていて、いつも感じる事があります。日本は経済的にはもう世界で一番の先進工業国であり、電気や自動車、エレクトロニクス等の技術は群を抜いております。EU域内のデパートなどでも、日本の工業製品が市場を席捲しており、日本の経済力、活力を感じます。国際通貨ではありませんが、円がドル、ユーロ、ペセタ等に対して反発を続けており、毎日、インターネットで為替相場を引き出しながら、強い通貨「円」の力を感じています。
 しかし、その経済力と祖国日本の経済構造、社会構造がどうしても私には重ならないのです。一時帰国で日本へ帰りますでしょう。成田から熊谷へ向かう道々に思うことは、これが世界で一等国の道路なのかなー。住宅、公園や公共施設等の充実はと、次から次へ疑問が湧き上がるのです。日本に住んでいる頃はこのような疑問は全く持たなかったのですが、スペインに住むようになってから、このような事を考えるようになりました。
 スペインの道路はご存知のように、無料の高速道路網が充実し、移動が実にスムーズですよね。100キロの移動に1時間です。建物や家は石で造りますから、100年先、200年先を考えています。マドリッドの街中の、ちょっとした建物が王宮のようであったり、街の中心には人が集まれる広場を大きく作り、公園の緑を充実させるなど、人を中心にした街づくりの歴史を感じます。
 この差は何だろう?私は、「ストックとフローの差」ではないかと思っています。かつて、16〜17世紀のスペインは、大スペイン帝国として世界を制覇しました。1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見してから以後、中南米の富はスペインへ運び込まれ、イザベラ女王以降、歴代の国王は今日のラテン諸国の宗主国としての地位を築き上げました。祖先の、そのまた前の先人が残した遺産が、今に生きているのだと思います。この国の、ストックの質と量の膨大さを羨ましく思います。

ボティンのコチニージョ・アサド
 「おいしいスペイン料理が食べたーい!」日本からのお客さんのリクエストNo1です。このリクエストに応えて、私は迷わずにボティンへ案内することにしています。ボティン、そうです。マドリッドで最も古く、美味しい料理を出してくれるレストランなのです。ここのコチニージョ・アサド(子豚の丸焼き)は絶品です。
 ヘミング・ウェイが「日はまた昇る」の最後に書いていますよね「ボティンのコチニージョ・アサドは、世界で一番美味しい料理だ」と、そうそう、ボティンにはヘミング・ウェイが「子豚の丸焼き」を食べながら「日はまた昇る」を書き上げたテーブルが、まだその場所に残されているのも嬉しいですね。

闘牛は命がけだな
 日本からのお客さんを、ベンタスの闘牛場へ案内しました。ベンタスの闘牛場はスペイン1の闘牛場で、マタドールもスター揃いです。闘牛は一回の興行で6頭の牛を、3人のマタドールが相対します。
 私は、何回もベンタス闘牛場へ通っていますが、この日のチームは初めから何か変なのです。ピカドール(槍で牛の首筋を切り、牛の頭を下げさせる役どころ)が下手で、背中の方へ槍が刺さってしまい、牛の頭が下がらないまま、マタドールが手負い牛に向かうものですから、角で倒され、押さえ込まれてしまいました。死と隣り合わせです。結局この日は、3人ともすっかり同じパターンで倒されてしまったのです。イヤ、マタドールは命がけです。