マドリッド通信>46号

 オーラ ケ・タール?お元気ですか。
 マドリッドの中心街,グランビア通りを半袖で歩く若者の姿が見られるようになりました。街の温度計に目をやると,25〜6度ぐらいまで上昇しています。
 スペインは,全体が乾燥したメセ−タ大地で,雨が少ないのですが,今年は2,3月と雨が降っていません。ナバセラーダの雪もすっかりとけてしまい,夏の水不足を今から心配しています。
 それでも,この暖かさで、待ちこがれていたアマポーラの花が咲き始めました。抜けるような青空と飛行機雲,真っ赤なアマポーラの花は,太陽と情熱の国,スペインの色です。

ああサーバー・ダウン,停電,電話の故障
 このところ,週末になるとパソコンが使えなくなってしまいます。サーバーのダウンであったり,電話回線の故障であったり,原因は様々なのですが,とにかくよく故障します。そして故障をした後の修復作業が,これがまた遅いんですね。遅いと言うよりも,真面目に仕事をしていないのではないかと,私は思ってしまいます。金曜日の夕方にダウンすると,月曜日まで直りません。彼らは,土・日と仕事をしませんからね。在外の地で生活をしておりますと,週末の日本からのEメールやQAルームでのお話,新聞購読などを心待ちにしているものですから,本当にがっかりします。
 マドリッド通信43号で,EU諸国の電力料金の安さをお伝えしました。相当な経営努力で驚くほどの安い電力料金を実現しているのですが,この国で生活してみると,安いだけの「経済性」だけでは豊かな生活とはいえないのではないかと,このところ特に感じます。日本の電力料金は、国際的にはかなり割高です。しかし,停電や電圧の低下など,今の日本にはないでしょう。電圧の低下などは,終戦直後の出来事でしたよね。それが,スペインやフランスなどでは日常的なのですから。
 少し興味のあることでしたので,資料を調べて見ました。年間の電圧サイクルの変動は,スペインでは10%程度が「常識」ラインとされ,このくらいではあまり文句が出ないようです。日本では年間平均1%以下ですから,日本の電力のオーバー・クオリティは,国際的には群を抜いています。年間の「不時停電」に至っては200分ですよ。日本は5分です。スペインでは日中に不意に停電しますから,授業をしていても「あれ何だ・・またか」と私は困ってしまいますが,国全体は平気なのですかね−。
 ちなみに,マドリッドの我が家の平成11年12月の電気料金支払いが,247Kwで5,516Pts(約3,585円)でしたから,まあ停電や電圧の低下も許容範囲なのでしょうかね。もしもEU諸国の電力の質を日本並に引き上げるとすれば,送配電部門で1兆7000億円(2兆6000億Pts)の設備投資が必要になると言う試算もあるので、ここでは電力の質よりも「経済性」で我慢ですね。

ラ・マンチャの大地で農業

 カセ・スペインが,かねてから考えていた事の一つに、太陽と情熱の国スペインでの農業がありました。
 ラ・マンチャの大地は,年間300日以上の晴天,加えて豊富な地下水と農業の条件は整っています。問題は痩せた土地の改良と潅水をどうするか・・これは大変な難問なのですが、私が日本人学校時代に「ラ・マンチャの大地で農業を」と話していた事をホアンさんはしっかり覚えてくれておりまして「Sr.カセ,マラゴン村で農業をやろう」と,マドリッドの南150Kのマラゴン村に土地を購入し,「ここで,大根と枝豆を作れ」と言うんです。  私もセルバンテスの小説を読みすぎて、少し頭が変になっていたところですから,迷うことなく「わかりました,だんな様。やりましょう」と即答しました。  土地改良と潅水ですが,この国には腐葉土がないんですね。それと「畑を耕す」と言う概念をどう指導するかの問題が残ります。潅水は1日1時間半のオート・マチックの潅水施設をとりつけることになりそうですが,何しろあの強烈なラ・マンチャの太陽ですから,この夏を越してみないと,水が足りるかどうか,全くわかりませんね。  ラ・マンチャの大地で大根と枝豆を作るという発想は,たわいもないことから始まったのです。スペインにおりますと,日本ではあまり意識しなかった,大根おろしを食べたい とか,塩のきいた枝豆でビールを飲みたいとかね,叶えられない無理なことばかり考えてしまい,いっそう望郷の念を募らせてしまうんですね。本当に,馬鹿なことばかりやってますから。  「それでは作ってしまおう」という事になったのです。種は私が日本で仕入れ,作り方はスペインの農家のおじさんを,これも私が教えることになりました。一番苦手な販売は,ホアンさんの担当ですから,このコンビは適材適所かも知れません。  農業に力が入りすぎて,本業の「校長職」を首にならないようにセルフ・コントロールしないといけませんね。
マラゴン村の畑
カセ・スペインが大根,
枝豆作りに取り組む
マラゴン村の畑。
8000平方M。

マラゴン村のビノと山羊のチーズ
 私がラ・マンチャの大地を気に入っている理由は,他にもう一つあるのです。  マラゴン村の搾りたてのビノですよ。これは,リオハのものより美味しいです。いつも5リットル入りの大きな入れ物を持って買いに行くのですが,すぐなくなってしまいます。それに,熟成した山羊のチーズですね。妻はあまりチーズやチョリソを食べないのですが,マラゴン村のチーズだけは「美味しい」といってよく食べます。

崖に張り出した宙吊りの家

崖の頂上に家
こんな崖の頂上に家を作ることを、
誰が、何の為に考えたのだろうか。
足がすくみます。
 スペインには,私たちが考えも及ばないような建物や街があります。  天才の国の人たちが考える事は,私たちの既成概念をはるかに超えたものがあるようです。マドリッドの東150Kにあるクエンカの街にある「宙吊りの家」がまさにそれです。  クエンカの街は,ウエカル川とフカール川に挟まれた峻険な台地の上にあリます。家々はその狭い台地にしがみつくように立ち並んでいるのです。  「宙吊りの家」は14世紀の建造で,垂直な崖の頂上にバルコニーが出ている外観が目立ちます。この「宙吊りの家」へ向かう途中に渡る吊り橋が,またすごいんですね。高所恐怖症の私にとっては足がすくんでしまいましたよ。それでもこの吊り橋を震えながら渡り,崖にへばりついてシャッターを切ったところ,見事な写真が撮れました。

こちら人口370人の村

 マドリッドから国道1号線を北上し,Venturadaの街から320号線〜102号線を少し走った山の上にパトーネスの村があります。この村の人口は何と370人なのです。  村は細い山道を3Kほど登った山峡にへばりつくように広がっています。  人口370人の村といっても,ホテルもレストランもちゃんとあるんですから,嬉しくなります。もっとも,ホテルの名前が「EL TIEMPO PERDIDO( 失われた時)」と,パト−ネス村の姿をよくあらわしていますが,村役場でこの村の歴史を聞いてなるほどな,と思いました。  1808年,ナポレオン軍がスペインに侵略した時に,パト−ネス・アバホ(下のパト−ネス村)からはパト−ネス・アリバ(上のパト−ネス村)が見えず,ナポレオン軍に攻撃されずに済んだのだそうです。実際,山道をくねくね登って行くと「えっ,こんなところに集落が」と思えるような場所なのです。  ちなみに,ナポレオン軍がスペインに侵略し,怒涛の勢いでマドリッドに迫ったとき,マドリッド市民は侵略軍に対して勇敢な戦いを挑みました。  ゴヤはこの時の凄惨な模様を「マドリッドの1808年5月2日のマルメーコスとの戦い」として,そして翌日のプリンシペ・ピオ山での銃殺場面を「マドリッド1808年5月3日」として大作を描き,プラド美術館に残されていることは,あまりにも有名です。 パトーネスの村
パトーネスの村は石を割って
積み重ねた家屋で統一されてる

それでは。アデイオス。