マドリッド通信>58号


 オーラ ケ・タール?
 スペインでは、アマポーラの花が咲き始めました。マドリッドの街から車でラ・マンチャの大地へ向かうと、道路沿いのそこ・かしこに、真っ赤なアマポーラの花が一面に咲き乱れ、赤い絨毯を敷き詰めたような美しさです。私は、なぜかこのアマポーラの花に惹かれるものがあるのですが、過日、私のクラスの子に「好きな花は」と聞いてみましたら、圧倒的にアマポーラとひまわりでした。スペインの人たちもこの花をこよなく愛しているように感じられます。

 統一通貨「ユーロ」流通の日

 EU完全統合へのシナリオを、何回かにわたってお伝えしてきましたが、58号では各国通貨が「ユーロ」に切り替わるその日についてレポートいたします。2、002年1月1日、ヨーロッパの国々で現在流通している各国通貨が、統一通貨「ユーロ」に切り替わります。フラン、マルク、リラ、ペセタ等、過去の歴史の舞台で主役を演じてきた通貨が姿を消し、EUの国々では新しい通貨「ユーロ」に統一されるのです。
 実は、ここのところが私の理解を遥かに超えているところでありまして、長い歴史と伝統を誇る自国の通貨等、主権の一部を戦争以外の方法で委譲することなど、私の歴史観では考えにくいことなのですが、大欧州の人たちは見事にこれをやってのけようとしているのです。ここではもう、ヨーロッパの人たち、ヨーロッパ諸国の懐の深さに脱帽です。
 それでは、現在はどうなっているのかと言いますと、1、999年1月1日から、2、001年12月31日までは自国の通貨が使われているのですが、デパートや主だった商店ではユーロ流通のその日に備えて、自国の通貨とユーロの二本立てで価格が表示されています。また、小切手、トラベラーズ・チェック、クレジット・カード、銀行振込等については、今は、自国の通貨とユーロのいずれも使うことが出来るのです。

 ペセタとユーロは固定相場制

 それでは、私のように生活の基盤をスペインに置き、ファンドをペセタと円で分割して持っている者はどうなるかと言いますと、ユーロとペセタは、1ユーロが166、386ペセタの固定相場制ですから、2、002年1月の時点でも交換比率は変りません。そのままペセタを持っていても、何ら変化はないわけです。
 一方、円とユーロ、円とペセタは変動相場制ですから、ここは景気の動向を良く睨み、しっかりと情報を収集しておく必要があります。私の手元のメモで過去のデータを調べてみますと、私が再びスペインの学校へ赴任した1、999年当時の為替レートは、1ユーロが115.6円、100ペセタが69.47円でした。(1、999年10月20日付 Yahoo! Japan Finance調べ)その後、円はユーロに対しても、ペセタに対しても反発し、それぞれユーロが109円、ペセタが65円前後でもみ合っていますから、現時点では円保持者の為替差益は相当なものです。しかし、2、002年に向けて、しっかりと日本の景気動向を見極め、為替相場のタイミングを失しないようにすることが大切です。為替相場は、逆の為替差損もありますからね。
 さて、2、002年1月1日に「ユーロ」の紙幣と硬貨の流通が開始された後、EU各国内通貨との併存期間は長くとも数週間で、2、002年6月30日にはEU域内の各国通貨の回収が終了します。私の今使っている「ペセタ」が「ユーロ」に替わる。何だかすごいドラマ性がありますが、時代の大きな流れですね。


ラス・ロサス市役所に掲げられている
EU旗。
向う側
はスペイン国旗とマドリッド市旗。

 スペインのおいしいもの

 スペイン人の好きな日本料理は何でしょうか。私のクラスの子に聞いてみましたら、一番はラーメンでした。続いてごはん、焼き鳥、カレー・ライス、餃子等が好きなようです。子供は、中国料理と日本料理がごちゃごちゃですね。また、大人の日本語教室のスペイン人にも聞いてみましたが、こちらはダントツで寿司が一番です。続いて刺身、てんぷら、焼き鳥、豆腐、そして大人も餃子、ラーメン等が好きなようです。
 大人も、子供も、スペイン人には、どうしてもこれは食べられないというものがあります・・納豆です。納豆と梅干はあまり好まれていません。ホアンさんのように、羊羹の好きなスペイン人もいますけれども。
今、スペインでは大変な日本食ブームです。日本食は健康に良いと、私のクラスのスペイン人は言っています。
 さて、それではスペインのおいしいものを紹介します。スペインにはパエジャ、トルティージャ(スペイン風オムレツ)、ケソ・マンチェーゴ(チーズ)、コチニージョ・アサド(子豚の丸焼き)、ガスパチョ、オリーブ等々、おいしいものがたくさんありますが、私は、何と言ってもハモン・セラーノ(生ハム)をお勧めします。

アンダルシアの大地で放牧され、どんぐりの実で育つ黒豚。2年間熟成させて、ハモン・イベリコとなる。 プエルタ・デル・ソルのハモン・セラーノ屋さん。上に下がっているハモン・セラーノをスライスしてもらう。

 ハモン・セラーノ(生ハム)

 ハモン・セラーノ、スペイン人のこよなく愛するこの食べ物、実に不思議な食べ物です。通常は生で食べますが、メロンに巻いて良し、煮込んでもまた格別な珍味です。
 それでは、ハモン・セラーノの作り方を説明しましょう。先ず、特別に育てられた豚の腿を岩塩に約一ヶ月漬け込みます。次に流水で適度に塩抜きをした後、山岳地帯でじっくりと時間をかけて熟成させるのです。
 なぜ山岳地帯なのかといいますと、日中と夜の温度差と乾燥した山岳の気候が、ハモン・セラーノの熟成に最適な条件なのですね。特に上等なハモン・イベリコ、ハモン・ハブゴは、アンダルシアの大地で放牧され、ドングリの実で成長させた黒豚(上の写真左)を原料に、約2年間も熟成させて作り上げます。ハモン・セラーノと赤ワイン、これこそスペインの味と言えます。
 この世界の珍味、スペインのハモン・セラーノが、昨年末から輸入解禁になったのですね。日本にいながらにして、スペインのハモン・セラーノが食べられるようになったのですが、過日、日本へ一時帰国した際、池袋のデパートをのぞいて見たのですが、まだ出回っていないようです。あまり見かけませんでした。

 バスクの象徴、ゲルニカ紀行

 ゲルニカの街、と聞いて思い浮かぶのは、ピカソの「ゲルニカ」だと思います。スペイン内戦中の1、937年4月26日、人口7、000人足らずのスペイン北部の寒村、ゲルニカの街にドイツ空軍による無差別爆撃が行われ、2、000人以上の市民が命を落としました。「ゲルニカ」は、この出来事に対するピカソの激しい思いが込められた作品であることは余りにも有名です。
 今回は、このゲルニカの街を訪れて見たいと思います。マドリッドの街からよく整備された国道1号線を北へ約250K、3時間走ると、ブルゴスの街です。ブルゴスの街から1号線を北東方向に100K、ビトリアの街でN240を北へ乗り換え、さらに635の山道を進むと、ゲルニカの街にたどり着きました。「えっ・・こんな山の中の静かな街をなぜ」と言うのが、ゲルニカの街を訪れた私の第一印象でした。

静かなたたずまいを見せるゲルニカの駅。
すっかり復興し、内戦の爪あとは感じられない。

ふと見たゲルニカの街の落書き。
1937年のドイツ空軍によるゲルニカの爆撃が描かれている。

 スペイン北部ゲルニカの街の近くには、サン・セバスチャン、ビルバオなどの大都市があるのに、なぜこの街が爆撃されたのか。ゲルニカの街はバスクの自由・自立を象徴する、言わばバスク独立の聖地と見られているとしても謎は深まるばかりです。

アディオス 

カセ・スペインEメール kasespain@tocco.es