マドリッド通信ー69
マドリッド補習授業校
校長 加瀬 忠
オーラ ケ・タール?
お元気ですか。スペインでは40度を超える真夏の太陽が強烈に照りつけていますが、この時期、日本では梅雨の季節ですね。インターネットで日本の新聞を読みますと、あじさいの花や田植えの記事が目につき、乾燥した褐色の大地、スペインとの違いを感じさせます。
さて、この6月、私たちは長く住んでいたラス・ロサスの街から、アランフェスの街へ引越しをしましたが、フェリペU世の王宮を中心に広がるアランフェスの街は、マドリッドのような大都会とは違った趣を感じさせる静かな街です。
ホアキン・ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」の聞こえるタホ川の豊かな流れを見つめていると、悠久久しい歴代王朝の歴史を感じさせます。
フェリペU世大学・翻訳学部
平成6年、文部省の派遣でマドリッド日本人学校へ赴任して以来、最初に住んだラス・ロサスの街がすっかり気に入ってしまい、ずっと住み続けていました。中学校長夫妻のスペイン生活も、このまま静かにファイナル・カーテンを引くことになるのかな・・と思っていた頃、フェリペU世大学・翻訳学部から「JAPONEST・Vの講座を担当して欲しい」と言う声がかかりました。
フェリペU世大学・翻訳学部は、マドリッドから車で南へ45分走った、アランフェスの街にあります。
スペイン当局のオファーを受け、平成13年度はマドリッド補習授業校の校長とフェリペU世大学のPROFESORを兼務しましたが、ふと気がついてみると毎日の生活が、10年以上も前に埼玉県教育局で管理主事をしていた当時のような忙しさになってしまいました。
土曜も、日曜も職務に専念しないと、納得する仕事が出来ないと言う状況です。人は、一生のうちでする仕事の量は決まっていますからね、このように無理を重ねて生活する毎日は、私自身の憧れる「人生第三楽章(へミングウェイの老人と海)」の、老人の生き方ではないな、と判断し、平成13年度末で長く勤務したマドリッド補習授業校校長職は退職し、フェリペU世大学・翻訳学部のPROFESORに専念することになりました。こうなりますと、ラス・ロサスの街に住むよりも、勤務地に近い街に住んだ方が良いことは自明の理でありまして、私の場合、その第一候補地が、アランフェスの街だったわけです。
これからの生活の場、アランフェスでの新しいピソを探すにあたって、私たちはいくつかの選択肢を考えてみました。
先ず、勤務地の大学に近いこと、買物をするためのメルカド(市場)と商店街へ歩いて行ける距離、そして、アランフェスへ住むのですから、もちろん王宮の近く・・と、かなり無理なRQを不動産屋さんに出しておいたのです。
不動産屋さんの案内で、3〜4軒のピソを見て歩いたかな、私たちの希望する条件を満たしたピソがやっと見つかりました。

アランフェスの私たちのピソ。向こう側の森は、王宮庭園。
スペインの小さな街から
アランフェスの街は、マドリッドの南50Kに位置する、人口36、000人の小さな街です。
茶褐色の乾いた痩せ地の多いスペイン中央部のカスティージャ、ラ・マンチャ地方のなかにあって、ここアランフェスだけはタホ川の豊かな潤いで、流域一帯が沃野の黒土地帯となっているのです。
この緑の沃野、アランフェスの地にスペイン王室の歴史が開かれたのは、1556年に即位したフェリペU世の時代にさかのぼります。無敵艦隊を擁してスペインが世界を制覇していた絶対主義最盛期の時代です。
ここの古老の話では、かつて、アランフェスの街へは王侯貴族だけしか住めなかったのだそうですよ。マドリッドのアト―チャ駅からアランフェスの駅まで鉄道が敷かれたのは1851年で、スペインで二番目に古い鉄道なのですが、この鉄道も、アランフェスの王宮へ移動する王侯貴族のためだったと聞きました。
このように古い歴史と伝統・格式を重んじたアランフェスの街にも、私たち庶民が住めるようになり、そして今では、白いアスパラガスとイチゴの特産地として知られる街になりました。
ロマンチックな街並と、プラタナスの豊かな緑が美しいアランフェスの街は、2001年12月、ユネスコによって「文化的景観を持った町」として街全体が世界遺産に登録されました。「ブルボン王朝時代の都市計画概念の特徴的な範例」「自然環境を豊かに保護した、ヨーロッパで数少ない例」と、登録理由の中に書かれています。

アランフェスの街は、フェリペU世の王宮を中心にして開けている。
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| 我が家の前の「アンダルシア通り」 |
小さくてモダンなアランフェス市役所 |
アランフェスの街に住んで感ずることがいくつかあります。
先ず、街を挙げて「きれいなアランフェスの街を」と言う住民全体の意識が、こちらに伝わってきます。夜の遅い時間に清掃車が走り回っている姿には、頭が下がりますものね。
アランフェス協奏曲
ホアキン・ロドリーゴの名曲「アランフェス協奏曲」、その哀愁を帯びた優雅で上品なメロディーは、アランフェスの宮殿を舞台に、18世紀後半にスペインの巨匠、ゴヤが描いた宮廷の中の風景や人間模様をモチーフに作曲されたと言われています。
特に私たちにも馴染みの、第二楽章は、ロドリーゴ夫妻のラブ・ロマンスとタホ川のせせらぎのノスタルジック・サウンドがオーバーラップして、バックグラウンド・ミュージックとして聞こえてくるようです。
アランフェスの「いちご列車」
4月下旬から10月上旬の土・日曜日、マドリッドのアトーチャ駅からアランフェス駅間に、昔懐かしい蒸気機関車の「いちご列車」が走っています。
アトーチャ駅を午前10時05分に出発すると、アランフェスへは10時53分に到着するこのいちご列車、実は151年前、1851年に敷設されたスペインで二番目に古い線路を走っている蒸気機関車ですから、とてもアンティグアでノスタルジックな旅を楽しむことが出来ると思います。
もちろん、アランフェス特産のいちごのフレソン・コン・ナタ(いちごミルク)とアスパラガスのサラダは、この季節、アランフェスの街のどこででも食べることが出来ますよ。

アランフェスの駅へ到着した「いちご列車」
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ひとりごと
在外の地で生活すると
私たちのスペイン生活も、ずいぶん長くなりました。「日本を離れて在外の地で生活をしていて、一番困ることは何ですか」と言う質問をよく受けます。
何事もなく、当たり前のように生活をしている時は何でもないのですが、やはり日々の生活で一番気になるのは、健康のことでしょうかね。軽い腹痛とか頭痛程度のことなら問題ないのですが、入院して、ことによると大きな手術をしなければならないような病気になった時は、やはり考えてしまうでしょうね。
適度な運動とバランスの良い食事、ストレスをためずに、疲れたら休む。この三つが私の実践する健康への道です・・と、言いながら、毎日の生活はビノの飲み過ぎ、共同体化した組織の改革で溜まるストレス、これでは健康に良いはずがありません。
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アデイオス