マドリッド通信−71

フェリペU世大学・翻訳学部
PROFESOR 加瀬 忠


 
オーラ ケ・タール?
 10月に入り、アランフェスの朝・晩は冷え込みが急で、夕方などはジョッギングをしていても寒いくらいです。 私がいつも通勤で通る「アンダルシア通り」のプラタナスの並木道もすっかり黄葉し、黄金色の絨毯を敷き詰めたような美しさです。
 過日、インター・ネットで日本の秋を検索していましたら、日高市巾着田の真っ赤な彼岸花を見つけました。秋の夜長を鳴き通す「集く虫の音」と「赤い曼珠しゃげ」の花には、子供の頃に野原を駆け巡った思い出の日々がオーバー・ラップし、たまらないノスタルジアを感じます。

            
  
                   
我が家の前の王宮庭園広場と「アンダルシア通り」

 
EU統合後のスペイン経済
 
今週に入って、EUの外為市場では「ユーロ」の「円」に対する急反発が目立ちます。統一通貨「ユーロ」導入後、1ユーロが115円前後で推移していた為替相場ですが、ここへ来て円相場が122円までに(平成14年10月4日付 YAHOO!JAPAN調べ)急落しているのです。
 EU統合後のスペイン経済は、経済成長率2.0%(2、002年第2四半期)、失業率は11.09%(OCS NEWS193号調べ)と依然低迷しているのに、統一通貨「ユーロ」導入により、スペイン経済はその恩恵を余すところなく享受しているのですね。ペセタ時代は、「ペセタ」が「円」に対して急反発することなどなかったですから。
 しかし、このことこそEU統合のコンセプトの一つである「巨大経済圏を創り出すことによる、ヨーロッパ経済の活性化」と言う視点に他ならないのです。
 EU域内でも個人消費が伸び悩み、4〜6月期の実質GDPは、前期比0・3%増にとどまっているのですから、ヨーロッパから見ている私の目からも、日本の経済・景気はよほど悪いのかなー・・と心配になります。
 一国の経済を論ずる時、古くから言われていることですが「企業の革新(イノベーション)こそが経済発展の原動力」であるわけですから、日本企業・経済に頑張ってもらいたいです。
 以上が建前論ですが、本音の部分を言いますと、日本の銀行とスペインの銀行にファンドを持ち、給与をユーロでもらっている立場からは、円に頑張ってもらわないと、日本からスペインへ外為送金するたびに「為替差損」で悔しい思いをするものですから・・はい。


 
エンサラダ・ミスタとスモ・デ・ナランハ
 
日本での夏休みからスペインへ戻っていつも感ずるのは、やはり日本の物価の高さですね。日本から帰った翌日、さっそくアランフェスのメルカド(市場)へ出かけてみました。
 
あるある、日本では一個100円もした真っ赤なトマトが一個15円、新鮮なレタスが一個75円、バレンシア・オレンジが一個20円・・と言った具合です。

           
       
             
真っ赤で細長く、ほんのりと甘いトマト    オレンジとスモ・デ・ナランハ

 
私はなぜか若い頃からサラダが好きで、毎食たべていましたが、その習慣は今でも少しも変わっていないです。
その野菜サラダになくてはならないのがトマトなんですが、スペインでは、真っ赤な完熟トマトをたっぷりと惜しげもなく使ったサラダを作っています。
 真っ赤なトマトを見ると、栄養と健康のかたまりのような気がするんですよ。何しろ朝起きますでしょう、朝食にエンサラダ(野菜サラダ)を見ただけで元気が出るんですから。
 そうそう、もう一つスモ・デ・ナランハ(オレンジ生ジュース)もいいですよ。バレンシアでとれた新鮮なオレンジをそのまま絞って生ジュースをつくるんです。スペインのトマトもオレンジも、ほんのリと甘さを感ずるんですが、やはり年間300日の晴天のもとでは、野菜や果物も甘さが残るんでしょうかねー。


 
メルカドは庶民の台所
 
我が家でよく行くアランフェスのメルカドは、街の中心・市役所前広場にあり、体育館が二つ三つ入ってしまいそうな広さです。野菜、果物、肉、パン・・と何でも売っており、さしずめアランフェス庶民の台所と言った感じがします。
 赤茶けて痩せた土地が多いスペインの大地にあって、ここアランフェスは珍しくタホ川の潤す肥沃な農地に恵まれております。
 イチゴ列車で知られた名物のイチゴ、ラ・マンチャの春の味覚、白とグリーンのアスパラガス、さらにナス、きゅうり、メロン等々、新鮮で豊富な野菜や果物がメルカドでは驚くほど安い値段で売られています。

           
      
                
アランフェス庶民の台所、メルカド(市場)正面入り口と中の様子

 
ああ・・今年も倒されてしまった
 
ラス・ロサスの秋祭りは、今年も9月下旬から3週間、にぎやかに行われました。
 アランフェスへ引っ越しても、この時期になると懐かしいラス・ロサスのお祭りのことが気になり、やはり出かけてみました。アランフェスの街からラス・ロサスの街までは約90K。日本ですとかなりの距離ですが、スペインでは車で1時間かかりません。ほんの一っ走りです。
 実は、ラス・ロサスの秋祭りが気になっていた理由は、もう一つあるのです。昨年の秋祭りでマタドールが牡牛の角にかけられ、倒されてしまったのですね。(この時の闘牛士と牡牛の命をかけた戦いの場面は、私のホーム・ページに「闘牛士は命がけ」として掲載してございます)。あの場面の生々しく血塗られたマタドールの姿が頭から離れずにいたものですから、今年も出かけてみたのです。
 午後5時半、にぎやかな花火の合図で闘牛開始です。
 闘牛は、3人のマタドールが6頭の牡牛と相対しますが、マタドールにはピンチ・ヒッターは認められません。どのような状況でも、自力で最後まで戦うのです。
 この日は、スペインでは珍しい前日からの雨で、アリーナのコンディションは不良です。重馬場と言った感じで、これではマタドールも大変だろうな・・と、余計なことを考えながらの二頭目、この牡牛はサリーダ・デ・トロス(牡牛の出の場面)から、アリーナの鉄柵の囲いは壊すは、ピカドールを馬ごと倒すは(写真左側)で、まあ見ていてもその荒くれ振りは並大抵の牡牛ではありませんでした。半トンもある、黒い筋肉の塊りが暴れ廻るのですから、見ていてすごい迫力です。
 
よく、牛は目が横についているので、3メートル先の中央は死角になって見えない。マタドールはその死角に立ってムレタをかざしている。牡牛は動くものに反応すると言う習性をうまく利用して挑発しているのだ・・と、言いますがはたしてそうでしょうか。私は、もし牡牛が少しでも突進する方向を変えマタドールに襲いかかったら、と思いながらいつも見つめているのです。緊張しますよ。何しろ、マタドールのムレタをかざす芸術性・美しさは、向かってくる牡牛に対して、その軸足は少しも動かさないで、ぴたりと静止させなければならないのです。少しでも腰が逃げたり、軸足を引いたりしてはならないのです。
 
そして第三場、スエルテ・デ・マタールの場面に入って数分後、今年もマタドールが牡牛の角にかけられ、放り出されてしまいました。牡牛の頭から地面に落とされた後も、牡牛はマタドールに向かってゆくのです・・ああ、神よ。

          
        
           
暴れる牡牛に馬ごと倒されるピカドール    マタドールの見事なカポーテさばき

 
それでも今年は、牡牛の角傷が運良く急所を外れていた為、再び起き上がったマタドールは「真実の瞬間」までムレタをかざしました。

 

「カセ41会」で語る教育論             こぼればなし

 昭和39年、新任の社会科教師として埼玉県大里郡の妻沼東中学校へ赴任し、初めて中学生を担任したのが「カセ41会」のメンバーです。その彼らが、私の夏・冬の一時帰国に合わせて懇親会の場を設けてくれます。

 私は、中学校の教師になって、今年で40年になります。その40年の教員生活を振り返って、一番力量不足、口よりも早くすぐに手が出て、力ずくで指導していた、私にとって指導者として一番「駄目な教師の時代」の彼らが集まってくれる。

 「先生、俺たちは先生に怒られている理由が良くわかっていたし、何よりも先生が俺たちをにくくて叱っているのではない・・と言うことが伝わってきましたから」

 うーん、そうか・・教育は愛だな。