マドリッド通信−80

フェリペU世大学・翻訳学部
PROFESOR  
 加 瀬  忠

 
オーラ ケ・タール?
 5月に入り、スペインでは日中の時間が一段と長くなりました。
 今、私が勤務を終えて、夕方ジョッギングに出かける時間では、まだ太陽は沈まず街は活気に溢れています。暗くなるのは10時過ぎでしょうか。マドリッドの緯度は北緯40度、日本では岩手県の盛岡とほぼ同じ緯度に位置するのに、スペインは「南の国」なんですね。とても不思議ですが、理由は科学的です。スペインのマドリッドは、ロンドンのグリニッジ標準時より、約4度も西・西経4度に位置しながら、はるか東・東経2度のパリや、東経12度のローマと時間帯を合わせている上に、今はサマー・タイムでさらに時間を1時間繰り上げていますから、日没が遅くなっているのです。


 サマー・タイム(夏時間)
 スペインでは、3月最後の土曜日の24時からサマー・タイムで時間が1時間早くなりました。夕方7〜8時くらいの時間では、まだ太陽が沈まないのです(写真下)。 もう10年も前になりますが、文部省の派遣でマドリッド日本人学校へ赴任し、生活を始めて間もなく、夕食の時間になっても日が沈まずに、明るい時間に食事をしながら戸惑っていたことを懐かしく思い出します。

         

            
我が家の前の「アンダルシア通り」。午後8時でもまだ太陽は沈まずに、菩提樹
        の並木道に影を映している。この時期、日没は午後9時で、その後薄暮が1時間
        続く。

 
EU・拡大する欧州
 
ここ数週間、外為市場でEUの新通貨、ユーロの円・米ドルに対する反発が目立ちます。
 
今朝(5月16日)も外為市場をのぞいてみましたら、1ユーロが134円前後でもみ合っていましたし、米ドルに対しては1.16ドルまでの反発で、もうこれは予想をはるかに超えた大変な数字です。しかし、この先まだ、円に対してもユーロは反発が進むと私は見ています。
 
EUは2004年には、現在の15ヶ国体制から、さらに周辺国のポーランド、ハンガリー、ルーマニア、バルト海沿岸の旧ソビエト3国のエストニア、ラトビア、リトアニア等を加えた中・東欧10カ国のEU入りがほぼ固まり、EUは2004年以降、何と25カ国体制となるのです。東西が一体化したEUとなります。NATO(北大西洋条約機構)とワルシャワ条約機構がジョイントし、ひとつの国になるのです。
 私は、日本の中学校や在外の教育施設で長い間歴史を教えてきましたが、かつて自由主義陣営の国々と、社会主義陣営の国々がジョイントして新しい国をつくるなどとは考えてもみませんでした。しかし、中・東欧の新たな10カ国参加は、まだ「EU・拡大する欧州」の第二ラウンドでありまして、その先にはロシアの参加というシナリオも考えられますから、「21世紀の世界経済は米・日・EUの三極に収斂される」と、マドリッド通信上で展開している私の持論が、いよいよ現実味を帯びてきたような気がします。

 
ここ数週間の外為市場でのユーロの動きを見ておりますと、ユーロが米ドルと共に、世界貿易の中で、基軸通貨としての地位を築くのは時間の問題、市場の必然であると考えます。大欧州時代の幕開けは、とてつもなく大きな歴史の流れを感じさせます。

 
中学校長夫妻のスペイン生活
 
私たち夫妻が、日本の公立中学校長を定年前に退職し、スペインへ再度赴任して4年目になりました(文部省派遣時代からは通算10年目)。この間、「マドリッド通信」読者の皆さんから「年金20万円でのスペイン生活はどうですか」「私も退職後はスペインでの生活を考えているのですが」「スペインへ語学留学をしたいのですが」等々、多数の皆さんからお便りをいただきましたので、私と妻の「中学校長夫妻のスペイン生活」その後の様子をお伝えします。
 
私は、日本の公立中学校長を57歳、定年まであと3年を残して退職しました。その後再度マドリッド補習授業校へ勤務し昨年3月には60歳になりましたので、マドリッド日本人学校・補習授業校も日本の中学校長にならって退職しました。現在は、アランフェスに住み、スペイン国立フェリペU世大学・翻訳学部のPROFESORに専念しています。私があこがれる老後の人生、へミングウェイの「老人と海」の老人の姿が手に届くようなところにまでたどり着いたような気がします。

 
スペインでの生活をどうするか
 
平成6年、今から10年前になりますね。スペインでの生活を決意した時に一番考えたことは「スペインでの生活をどうするのか」と言うことでした。何しろ日本の公立中学校長の地位にある者は、社会的にも経済的にも非常に恵まれておりますから、この地位を捨ててスペインへ渡って、本当に大丈夫なのか・・という不安です。
 
当時、老後の生活設計の主要な部分は、蓄えてあるファンドと退職金を定期預金で運用し、しかるべき預金利子を期待すること。これに退職後に受給資格が発生する年金を生活資金に充てる。まあ、誰でも考えることですよね。
 
ところが、私のこの生活設計は砂上の楼閣的な幻想となってしまいました。私が退職する前後には、私たちがかつて考えてもみなかったようなことが次々と現実的な問題として顕在化してきたのです。老後のためにと頑張って毎月々の生活費の一部をデポジットしておいた保険会社や銀行の倒産、退職後の年金の突然の大幅な減額、そして預金利子が期待出来ないような「ゼロ金利」時代の到来・・、もう根本的に生活設計の変更をする以外に方法はなくなってしまいました。ファンドを取り崩す生活では、先が見えていますし、因果な時代にめぐり合わせてしまったなー、と自分に言い聞かせながら、次なる方策を考えました。

 
外貨預金で資産の運用
 
日本の銀行へ預金しておいても、タンス預金と同じで預金利子が期待出来ないとなれば、次なる手段は外貨預金です。「預金利子の利率が比較的良い」と言われているスペインの銀行をいろいろと調べてみましたら、意外なことがわかりました。

           

          
スペインの商業・経済活動の中心「アスカ地区」。銀行、企業の本社が集中して
       いる。


 
スペインでは、銀行によって、また郵便局までがこれに加わって「金利競争」が行われており、金利がまちまちなのです。私が調べたマドリッド市内の銀行では、外資系のA銀行、民族資本系のB銀行の定期預金金利などが一番良くて、年利4.5〜5.5%なのです。スペインの銀行は、日本の銀行のように、役所が指導する護送船団方式の銀行ではなく、預金金利にまで自由競争の原理がしっかりと導入されているのです。規制のない健全なる自由競争の金融市場です。

               
               
マドリッドの街を東西に分ける「カステジャーナ通り」。銀行の建物
          も見える。
記事とは直接関係ないのですが、5月4日のF―1グラン
          プリで2位になった
アロンソ選手がマドリッドに凱旋し、ルノーのマ
          シンでこの通りを260K
/hで走り抜けた。スペインの人たちの発想
          は、やはり私たちとは違うなー・・と、
感じます。

 
さて、次なる仕事は、私のファンドをデポジットしてある日本のT銀行と提携しているスペインのB銀行で口座を開き、T銀行からしかるべき額の円をペセタ(現在はユーロ)で外為送金をし、預金金利5.5%のB銀行でペセタ(現在はユーロ)の定期預金をしました。4年が経過し、過日B銀行から私名義の預金明細書が届きました。もちろん預金金利5.5%の元利合計分の金額がユーロで記載された明細書です。
 
さらに、私がB銀行へ定期預金をした当時の為替レートは1ユーロが166.386ペセタ、これは固定相場制ですから、当時でも今でも変わりませんが、ユーロと日本円は変動相場制ですから、為替レートはその日によって変動します。当時の為替相場は1ユーロが108.73円(99年11月14日付 YAHOOJapan FINANCE調べ)でしたが、現在の為替相場は1ユーロが134円(2003年5月16日付 YAHOOJapan FINANCE調べ)ですから、この4年間の為替差益分が加算されます。ゼロ金利時代の日本の金融市場を考えさせられますね。
 
ああそれで、この話は私が日本へ一時帰国した折に、地域の校長OB会で昔の校長仲間に何度も具体的に話しまして、かなり関心を示している校長もいるんですが、外貨預金にまでは至らないんですね。話をしても結局そのままなんです。なぜでしょうか。選択の自由があるのにリスクを恐れて、現状維持を選択するのは私たち日本人の一般的な気質なんですかね。
 そうそう、為替相場は逆もありますよ。円がユーロに対して反発すれば為替差損となりますので、外為市場をインターネットで検索し、その日の為替相場をよく見ながらタイミングを失しないようにすることが大事です。大やけどをしますからね。


 
サン・イシドロ祭
 
過日、セセーニャの街に住む翻訳学部の学生の保護者から誘いがあり、ビジャ・コネッホ(うさぎ村)の聖イシドロ祭に行ってきました。
 イシドロは、
12世紀にマドリッドの郊外に住んでいましたが、その生涯を、勤労と祈りに捧げた農夫で、1622年に法王グレゴリオ15世によって列聖され、5月15日を中心日として聖イシドロ祭が行われているのです。
 
ビジャ・コネッホの教会へ行って驚いたのですが、教会の裏山で、村の老若男女が総出で野外料理コンクールに取り組んでいました。(写真)

            
            
ビジャ・コネッホ(うさぎ村)での野外料理コンクール。写真の家族はコシード・
        マ
ドリレーニョ(マドリッド風煮込み料理)を美味しくつくり上げていた。

 
私が感心したのは、このような祭日に、村の年寄りから子供たちまでが一緒になって村の教会に集まり、「野外料理コンクール」を行うと言う、ラテン民族的な発想の柔軟さと、そのような催しを村をあげて出来るというコミュニティーの健全さです。中学生・高校生の男の子や女の子も一生懸命料理を造っているのですから、これはもう今の日本では見られないような光景です。

      
       
         「
オーラ ケ・タール?日本からきたのか。まあ、家のパエジャを食べてゆけ」私も野外料理
       コンクールに飛び入り参加。写真右は、慎重に審査をする村の役員。


 
野外料理コンクールが終了し、次なるイベントは農産物のオークションです。ビジャ・コネッホ村特産のアスパラガス、トマト、メロン等が「セリ」にかけられ、一番高値の人が買っているのです。最初は不思議に思って見ていたのですが、案内役のマノロさんに理由を聞いて「なるほどなー」と、これも感心しました。1束2ユーロのアスパラガスが24ユーロで買い手がつき、その益金はすべて村のサン・イシドロ教会に寄進するのだそうです。何だか今日は、私自身がサン・イシドロになった気分で清清しい一日だった。

                           
                                               
               ひとりごと

 高価格体系の是正

 ヨーロッパで生活をしていて常々感じていることは、日本の物価の高さです。

 夏休み等に一時帰国した折に、マーケット等で買物をしたり、旅行に出かけた時には、一層その思いが強くなります。夫婦で旅行に出かけて一泊3万円も払うのでは、そう度々旅にも出られません。
 スペインでは、週末に四つ星、五つ星のパラドールに泊まっても朝食がついて二人でせいぜい80〜100ユーロ(10800円〜13500円)です。夕食だって一人10ユーロ(1350円)もあれば十分です。

 私の学部の学生も、ハイテク先進国・日本への憧れを語る学生が多く、是非訪れてみたい国のナンバー・ワンなのですが、「物価が高いから」と二の足を踏んでいるのです。

 21世紀の世界経済は、米・日・EUの三極に収斂されるというシナリオが私の持論ですが、せめて日本の物価も、EU並みの物価に近付いて欲しいものです。

 

                                                                                            アディオス