マドリッド通信−84

フェリペU世大学・翻訳学部
PROFESOR 加 瀬   忠

 
オーラ ケ・タール?
 アランフェスの街では
,マロニエの黄葉が始まりました。ついこの間まで,スペインでは北アフリカからの熱波で,多数の死者を出した暑さが残っていたのですが,もう,すっかり秋の気配です。スペインには,日本のカエデやもみじ,蔦のように紅葉する木々がありませんから、これから晩秋にかけての季節は、マロニエに続いてプラタナス,菩提樹,そして最後が西洋ポプラと,次々に美しい黄金色をした黄葉を楽しませてくれます。

             

                
初秋に美しく黄葉する「マロニエ」。マドリッドのレティーロ公園にて。

 
統合後のEU経済
 
私が夏休みで日本へ一時帰国していた8〜9月にかけて、欧州統一通貨ユーロの円、米ドルに対する急反発が目につきました。スペインへ戻って外為市場を覗いてみましたら、相変わらずユーロ高基調で、今朝(10月1日付 Yahoo! Japan FINANCE)の相場は、1ユーロがそれぞれ128円と1.175ドルでもみ合っていました。統合後のEU経済はどのように立ち上がるのか・・自分が暮らしている国ですから「本当に大丈夫なのかなあ」と、心配しながら推移を見守っていたのですが、心配どころか「21世紀の世界経済は、米、日、EUの三極に収斂される」と言う私の持論が、いよいよ現実味を帯びてきているように感じられます。
 
 
ユーロ高が続けば、EU景気に痛手
 
もっともEUの経済が好調で、米ドルを超えて基軸通貨としてのユーロが射程距離に入ったと言って、喜んでばかりはいられません。このままユーロ高基調が続けば、欧州の企業業績に悪影響が出始めることは当然予想されます。特に北米向け輸出の割合が多い企業が苦戦を強いられるわけですからね。また、このユーロ高基調のもう一つの要因として、外債投資がユーロを押し上げていると言う側面も看過出来ませんので、今後は外為市場の動向をよく見極める必要があリます。

 
スペイン経済はGDP2.7%の伸び
 
一方、2003年のスペイン経済を見てみますと、これがけっこう堅調でして、4〜6月期のGDP(実質国内総生産)は、前期比0.7%の増、年率換算で2.7%の伸びとなりました。このスペインの景気を押し上げているのは、GDPの実に7〜8割を占める個人消費と投資の内需なんですね。実際、スペインの人たちの購買力はすごいですよ。週末の金曜、土曜にマーケットへ行きますでしょう、もう大きなショッピング・カートに一杯の買い物ですから。また、週末にはよく家族で小旅行に出かけますしね。このようなスペインの人たちの消費行動様式を見ていますと、国民が挙げて一国の経済に貢献するための「キャッシュ・フロー」の概念を良く理解しているのではないかと思ってしまいます。

             

                   
スペイン経済を押し上げている旺盛な個人消費。マドリッ
             ドの旧市街、プエルタ・デ
ル・ソルのデパート地下食品売り
             場にて。

           
      
                
大勢の買い物客、観光客で賑わうマドリッド旧市街のプレシアード通
           り(写真左)とアランフェス市役所前のメルカド(写真右)

 日本を離れてスペインで生活していると

 
―「迫られる高価格体系の是正」「やはりおかしいよ・あいさつ」―
 
文部省の派遣でマドリッド日本人学校へ赴任したのが平成6年ですから、スペインに住んでもう10年目になります。この間、夏休み、冬休み等で年に2〜3回は日本へ一時帰国するのですが、その都度強く感じることが二つあります。「日本の物価の高さ」と「あいさつ」のことです。
 先ず日本の物価の高さについてです。日本のマーケット等で買物をしたり、旅行に出かけた時には、一層その思いが強くなります。スーパー・マーケットでトマトを買ったら一個100円もしたり、夫婦で温泉に出かけて二人で一泊3〜4万円も払うのでは、そうたびたび温泉にも出かけられません。
 
日本は、この高価格体系を是正しなければ、国際競争力を維持できなくなると思います。
 
スペインでは、妻と二人でバルでコーヒーを飲んでも、カウンターで立ち飲みですと2ユーロ20センチモ(約280円)、テーブルへ座っても3.5ユーロ(約455円)です。
 旅行で四つ星のパラドール(国営の観光ホテル)に宿泊しましても二人で95ユーロ(約12350円、一人何と6175円)です・・四つ星、五つ星クラスの日本の温泉宿で、一人6175円で泊めてくれる宿がありますか。極めつけは、航空運賃とホテルの週末ディスカウント料金です。土曜日の夜を現地で過すと航空運賃もホテル代も60〜80%の大幅なディスカウントとなるのです。日本では週末特別料金と言って、週末は高くなりますね。どうしてヨーロッパで週末を過すと大幅なディスカウントで、日本だと高くなるんですかねー。
 
今年の夏休みの一時帰国時、温泉旅行を計画し、スペインから日本の温泉へRQを入れようとして、インターネットであちこち検索したのですが、皆どこの温泉も土曜から日曜にかけては高い設定になっているんです。需要と供給の市場価格の関係で決定しているのでしょうか。同じ経済行為なのにヨーロッパでは大幅に安くなり、日本では高くなる・・不思議です。

              

                    
中世の修道院を改装したスペインのパラドール(国
             営の観光ホテル)。
スペインでは、五つ星のパラド
             ール(写真)に宿泊しても、二人で95(1235
              0円)〜100(13000円)ユーロ。

 
次があいさつのことです
 
日本へ一時帰国して、マーケットへ買い物に行きますでしょう、買い物が終ってレジの前で並んで待っていますと、レジの係りの人が「いらっしゃいませ」「こんにちは」と一生懸命にあいさつをしているのに、されている方はほとんど黙っているのですね。会計が終って帰る時にも、係りの人が「有難うございました。」「またどうぞ」と言ってるのに、ほとんどの人は相変わらず「・・・。」無言なんですね。あの光景すごく変ですよ。
 近所の人たちと道で逢ったとき等にも同じようですよね。良くあいさつの出来る人と、全くあいさつの出来ない人とがいて、あいさつしてもらえなくても、こちらが何度も逢うたびに「おはようございます」「こんにちは」と、あいさつを続けていても、やはり出来ない。
 私がスペインで前に住んでいたラス・ロサスの街でも、今住んでいるアランフェスの街でも、人とのかかわりあいは、先ずあいさつから始まります。「オーラ ケ・タール?(やあ・・お元気)」「ビエン・グラスィアス イ・トゥ(とても元気よ、有難う・・あなたは)」のあいさつの後、両ほほにキスをします。ラテン民族の「オーラ アミーゴ(やあ・・友だち)」のあの大らかさ、明るさはとてもいいものですね。
 私が今回の一時帰国で、このあいさつのことを特に強く感じ、意識しているのは、実は格別な思いがあるからなのです。

 県北の保守的で静かな街に、連続して起こった殺人事件

 
昨年の11月と今年の8月に、埼玉県熊谷市で連続して凶悪な殺人事件が起こりました。昨年11月の事件も、今年8月の事件も、私の住んでいる熊谷市中央の家のすぐ近くで発生し、しかも両事件とも中学卒業前後の子供たちがかかわっていたことに対して、私は強い衝撃を受けているのです。
 
「どうしてもやりたかったわけじゃないけど、誘われたら断れないよ」「先生や親より、やっぱ友だちや先輩の方が大事じゃん」「俺だって一緒にいればやっていたよ」と、子供たちは話していると言います。
 
この事件の背景にあるものは一体何なのでしょうか。いくつか考えられますが、私は先ず家庭環境の問題があるような気がします。事件にかかわった少年たちの家庭は、両親の離婚をはじめ、複雑な家庭の問題を抱えていたようですし、子供たちにとっては、家庭の教育力が期待できないような環境で育っています。学校でも、地域でも、そして家庭でも「居場所がない子供たち」。このような家庭環境の中で、子供たちは暴走族やさまざまな非行グループと接触があったようですね。
 
「あいつの車をぼこぼこにしよう」「やろう」・・・この会話の延長線上に殺人がある。子供たちの現実の思考・生活と行動様式の距離感の無さ。
 
私は、昭和39年に中学校の教師となって40年、この間、生徒指導、進路指導、部活動指導で中学校の生徒たちと向き合ってきました。当時を振り返りますと、中学校では生徒指導の場面では、何度も体を張るような緊張場面がありましたが、こちらが人として譲れないこと、許せないこと、を一歩も引かずにぶつければ、問題は必ず解決したものです。
 しかし、今は違います。経験的に、私たちが生徒指導に取り組んでいた当時と状況は違ってきています。
 それでは、どうしたらいいのでしょうか。これは、もう学校教育だけの問題ではありません。学校教育・家庭の教育力に限界があるのだとすれば、コミュニティー全体で、出来るところから取り組まざるを得ない時代を迎えているのです。

 先ず「あいさつ」から

 
私が提唱する、誰にでも出来て、出来ることからはじめられることは「あいさつ」です。人と遭ったら「おはようございます」「こんにちは」と言い、呼ばれたら「はい」と返事をする。これは、社会生活を営む人としての最低限のマナー、ルールであることは誰でもわかっている自明の理であるのに、出来ない。朝起きて夫婦で、家族同士であいさつが出来ないような家庭、近所の人たちが顔を会わせてもあいさつが出来ないようなコミュニティーでは、子供たちは健全に育ちません。
 欧州から日本を見つめていて、ふとこのようなことを疑問に思ったのです。


 
中学校長夫妻のスペイン生活
 
私が日本の公立中学校長を定年を待たずに「後進に道を譲って」退職したのは、平成11年3月です。定年まであと3年を残した57歳の時でした。
 当時の退職後の生活設計では、60歳になったら毎月30万円の年金と、さらに退職金と蓄えの一部をファンドにした定期預金金利で十分に暮らしてゆけるはずだったのですが、急速に進む少子高齢化社会は、年金財政をむしばみ、私の老後の「安心の方程式」も、どうやら砂上の楼閣的な幻想であることが現実味を帯びてきてしまいました。
 「毎日一万円の年金生活だよ」。当時、中学校・高等学校長仲間で交わしていた会話です。当時の先輩校長諸氏の潤沢な年金生活を見て、私も、自分の番には毎月30万円の年金を信じて疑わなかったですからね。ところが現実はあまりにも違いすぎました。「制度の変更によって、年金の支給額を減額する」、ただそれだけの説明で、私が60歳になった平成13年度の説明会では、毎月10万円の減額を伝えられました。
 私たちの世代は誰でも皆同じだと思うのですが、私は、日本の「国家としての諸々の制度や社会のシステム」を100%信じてここまで頑張ってきました。ところが自分の番になって「制度が変更になりました」と言って、年金を月10万円も減額されたのでは、これからは公的な制度やシステムと言うものを信じられなくなってしまいますよ。
 これからも、制度の変更等の事由で、支給年齢の繰り上げ、支給の減額等があるのでしょうか。これは、私自身のことではなく、今度は、後輩中学校長諸氏へ言っているのです。と申しますのは、現在の社会保障制度を、将来的に、現状のままで維持できる国家の体力は、どう考えてもありません。将来的にも、私の時のように制度の変更で減額支給と言うような事態は当然予想されるからであります。もし「いや・・そのような事はありません」と、言うのなら、財源を示していただきたい。2003年度末で、国と地方を合わせた長期債務が686兆円にもなると言う脆弱な財政基盤では、何と言っても説得力がありません。
 さて、そこである日突然大幅な年金減額支給と言う、思ってもいなかったような事態に遭遇した校長OBからの提言です。現在の社会保障制度を維持するために、付加価値税率を現在の5%から適正なパーセンテージに引き上げ、現状の社会保障制度の維持のための安定財源を確保していただきたい。ちなみに、現行の世界各国の付加価値税率は、欧州ではドイツが16%、フランス19.6%、北欧の国々は22%(フィンランド)〜25%(スウェーデン)、私が住んでいるスペインは16%です。世界的に見ましても日本の付加価値税率5%は、高い税率ではありません。年金支給等の安定的な財源を確保する為に、付加価値税率上げは不可避であると私は考えます。
              

                    
スペインの年金生活者。バルでゆったりとビノを飲み、老後
             は趣味の生活で仲間と過す時を心待ちにしている。写真は、
             週末のマヨール広場での切手・古銭市に集う年金生活者。




 

 

 加瀬 忠の5年前のホーム・ページ「マドリッド通信」に掲載したコンテンツ「中学校長夫妻のスペイン生活」を再掲します。

 私は、昭和16年生まれの巳年です。

 昭和39年に中学校の社会科教員として、教員生活のスタートを切り、37年になります。この間、同期の中学校教員の妻と共に部活動指導、生徒指導、進路指導等に取り組みながら、多くの中学生と共に過して参りました。
 

 中学校教員での共働き夫婦ですから、生徒指導等ではかなり難かしい状況もあったのですが、将来の年金生活を夢見てこの厳しい勤務を頑張ってきたのです。私たちと同世代の皆さんは良くおわかりのことと思いますが、私たちが40代の後半だった、そう、昭和60年代の頃は、日本経済も右肩上がり、バブル景気で活気がありました。その頃、私の計算では私が日本の中学校長を定年退職することになる、2002年前後には、豊かな退職金と毎月約30万円の年金、そして退職金を定期預金にした金利で、十分に暮らして行けるはずだったのです。私はそう信じて疑わなかったですから。
 

 ところが現実は余りにも違いすぎましたね。日本経済の減速による景気の後退、老後の為にとファンドの一部をデポジットしておいた生命保険会社の突然の倒産、年金の減額、ゼロ金利と、先行き不透明な時代になってしまったのです。

アデイオス