マドリッド通信−85

フェリペU世大学・翻訳学部
PROFESOR   加瀬  忠

 
スペインでは、このところ朝・晩の冷え込みが急で、街の温度計は3〜4度を示しております。この冷え込みで、離宮庭園の黄葉は、マロニエからプラタナス、菩提樹が色づき始めました。スペインは、国全体が700〜750メートルの高原状のメセータ大地を形成しており、標高は日本の軽井沢よりも少し低いくらいですから、もともと夏の暑さ、冬の寒さが厳しく、この時期は黄葉が一段と夕陽に映えています。
          
             

 
アランフェス離宮庭園のマロニエ、プラタナスの黄葉。ご覧のように、スペインでは、日本のカエデ、蔦、モミジのように紅く紅葉する木々がありませんから、この時期スペイン各地は黄葉一色となります。



 異文化を理解すること
 「スペインで長く生活されていると、日本文化とスペイン文化との違いを感ずることが多いと思いますが『異文化との間』で、それを理解することが出来ますか。また、急速に進展する国際化の時代における日本の小・中学校の教育をどのようにお考えですか」
 最近、日本へ一時帰国した折に、このような質問をよく受けます。
 私は平成6年に文部科学省の派遣でスペインのマドリッド日本人学校へ赴任して以来、このこと「『国際理解教育』と『海外子女教育』」を私のライフ・ワークと位置付け、取り組んでいる問題なのですが、先ず「異文化理解」に対する私の考えを述べます。

 異文化を学び・知り、それを頭で理解すること、ここまでは異文化理解に対する理解度の差をそれぞれが感じながらも、個人差に応じて、多くの人があまり抵抗感もなく受け入れられる「異文化の間」の範疇かと思います。それではもう一歩踏み込んで、「それを受入れ、共存出来るか」・・今、私が思い悩んでいる大きな問題であります。私自身が出来ていないからなのです。
 「異文化を理解すること」と「異文化を認め・異文化との間で共存すること」とは違います。この違いをはっきりと認識した上での「国際理解教育」でなければ、何の意味も、発展性もないと考えます。このことは、指導者自身の国際感覚が問われている問題でもあると私は思います。

 
国際化の時代に求められる教育
 
次に、国際化時代の教育をどう考えるかの問題ですが、先ず、私たちの取り組んできた20世紀中葉の教育と、その時代的背景を振り返ってみたいと思います。
 
我が国にとっての20世紀は、ものを大量に作ってそれを世界の国々に売リ、外貨を稼いで成長を続けていた時代でした。主として自国だけの資本と技術、そして自国の労働力で知的付加価値の高い製品を大量に生産し、販売していたのです。20世紀の中葉から後半と言う時代はそれが出来た時代でした。1、980〜90年代は、より大きく、早く、重厚長大こそが価値ある時代だったのですね。

 ところが、21世紀の世界はそれだけの時代ではないような気がします。インターネットで情報を収集し、その情報を取捨選択して自分の情報を加味し、個人がその情報を発信する社会になっていると思うのです。インターネットの情報は、ヤフー・ジャパン等の日本語バージョンの情報を除いては、その80〜85%以上が英語です。ここでは、英語の情報を収集し、英語で考える情報が求められます。このような時代に求められる教育は、「答えが一つだけではない教育」言い換えれば「答えのない教育」も模索しなければならない時代だと私は考えています。発信する情報を自分で考え、その情報の普遍性・価値を競う時代ですから、従来の「答えが一つだけの画一的な教育」だけでは他国に遅れをとります。私たちが取り組んできた、従来の日本の教育の護送船団方式、カリキュラムの画一性・硬直性が21世紀の教育には馴染まずに、限界があるのです。
 
豊かな個性と強烈な独創性、課題を自分のものとして、それをクリエートすることが出来るフレキシブルな発想と行動力を併せ持った児童・生徒を育成する教育こそが、21世紀のIT(情報技術)時代に求められる教育であると、私は考えています。

 
今の日本の教育に欠けているもの
 
昨年の11月と今年の8月に、埼玉県熊谷市で連続して凶悪な殺人事件が起こりました。昨年(平成14年11月)の事件も、今年(平成15年8月)の事件も、埼玉県熊谷市中央の我が家のすぐ近くで発生し、しかも両事件とも中学卒業前後の子供たちがかかわっていたことに対して、私は強い衝撃を受けると同時に、次代を背負う「健全なる子供たちの育成」の視点から、今の子供たちの行動様式の変化に危機感を感じているのです。

 
私は、昭和39年に日本の公立中学校の教員となり、以来、一貫して埼玉県北部の保守的で、静かな街の中学校で教科指導、生徒指導等に取り組んできましたが、この間、昭和55年頃からだったかなー・・、日本経済が右肩上がりで成長を続け、質的充実よりも量的拡大に日本全体が走っていた頃から、中学校の生徒の気質に、「ある変化」を感じておりました。「自分さえ良ければ、他者はどうでも良い」「利他より利己」「公より私」と言うようなエゴイズムが学級の中で顕在化してきていたような気がするのです。生徒会の役員や文化祭の実行委員というような役どころに立候補したがらない、「今、自分に出来ることは何か」「公の為に、自分は何を為し得るのか」と言う、人として大切な公徳心、高邁な「公」の精神が置き去りにされてしまったのではないでしょうか。

 古来より日本では儒教の四書・五経を経典、よりどころとする道徳観がありました。ぜいたくよりは質素、怠惰よりは勤勉、奔放よりは規律、争いよりは協調
(東海旅客鉄道・葛西敬之氏)と言うような崇高な社会規範が厳然と生きていたのです。今こそ、このようなよき伝統を復活させるベく「21世紀の教育ルネッサンス」に取り組まなければならない。
 
私は、今の小・中学校教育に欠けているものは、人が、人として社会に生きてゆくために必要な諸々の基本的な価値観、倫理的・道徳的な価値観をはっきりと教えていないことだと思います。「それは違う」「間違っている」と、学校でも、家庭でも、地域でも、大人がはっきりと子供たちに言ってないことだと思うのです。「公」の観念を家庭教育・学校教育の中で子供たちに指導しなければならないのに、大人がここを避けてしまっていないだろうか。家庭では我が子に、学校、地域社会では時代を背負う子供たちに、それぞれの立場で発言しなければならない時なのに、何を遠慮しているのだろうか。

 私の住んでいるスペインでは、このあたりの分担は非常に明確でありまして、自分の子供の躾については、家庭の責任で行っていますね。家庭でもあいさつや「公」の為に心を向けるような「利他」の精神は、しっかりとしつけていますよ。「誰も見ていなくとも、神のみは見ている」という、神をよりどころとした「心の教育」がしっかりと行われていることが、健全なスペインの社会を築き上げているのだと私は思います。


 
総合的な学習の時間
 
平成14年度から小・中学校で全面実施されている新しい学習指導要領に位置付けられた「総合的な学習の時間」。各学校ではどのような取り組みを工夫されているのでしょうか。「マドリッド通信」では、加瀬忠個人と埼玉県大里郡妻沼町立男沼小学校定方先生と4年生の皆さんとの交換授業の取り組みを、一実践例として紹介致します。

 
交換授業実践例
 
埼玉県大里郡妻沼町立男沼小学校4年生の皆さんが、総合的な学習の時間に取り組んでいる、情報通信ネットワークを駆使した「国際理解教育」「情報教育」について掲載します。

 
ねらい 「国際理解教育」「情報教育」の視点から
 
1異なる文化や習慣をもった人々と、偏見を持たずに交流し、共存できる資質・能力を養う。
 
2コンピュータや情報通信ネットワーク等を、情報手段として活用できる能力を養う。

 
教師が常に強く意識し、イメージする児童・生徒像

 
豊かな個性と強烈な独創性、課題を自分のものとして、それをクリエートすることが出来るフレキシブルな発想と行動力を併せ持った児童・生徒を育成する。

 
長期的に展望する児童・生徒像

 
グローバルな世界の中で、組織に守られなくても自力で生きてゆける強い人間を育てる。
 それでは、男沼小学校4年生の皆さんの実践を紹介します。
 男沼小学校4年生の皆さんは、ローマ字変換で相当長い文章をワードで正確に作成し、デスク・トップに保存した文章をフロッピーへ送り、Eメールでスペインへ送信しております。担任の先生のご苦労と、見事な実践の姿勢が伝わってきます。
 
理屈はどうでもいい、先ず指導してみることが大切です。そして、問題点等があれば、大いに論じていただき、次への橋渡しとしていただきたい。

            

 マドリッドの旧市街、プエルタ・デル・ソルのハモン・セラーノ
(生ハム)屋さん。お客 の注文に応じて、見ている前で切リ、好みの量を売ってくれる。値段は並みのハモン・セ ラーノで1キロ10〜20ユーロ(約1300円〜2600円)一番上等なハモン・イベ リコ・べジョータで60〜70ユーロ (約7800円〜9100円)。


 
 加瀬先生こんにちは、春香です!10月14日火曜日の日に、ヒマワリのたねと、ヒマワリの油を使ったサラダと、スペインのケーパーズを始めて食べました。たねは、少ししおあじがして、またしおをかけると、とてもおいしかったです。ヒマワリの油を使ったサラダは、レタスの味しかしませんでした。ヒマワリ油のあじは、ぜんぜんしませんでした。ケーパーズは、さいしょは、おいしかったけど2,3こ食べたらすっぱくってにがかったです。加瀬先生、突然ですが質問です!8584は、どこをとった写真ですか?お返事まってます!アディオス!
  加瀬先生こんにちは!お返事ありがとうございました!萌乃です。10月14日に、ひまわりの種と、ひまわりの油を使ったサラダとスペインのケーパーズを食べました!ひまわりの種は、アメリカのだったけど、とってもおいしかったです!しおをかけると、もっとおいしくなるんですよ。ひまわり油を使ったサラダは、レタスに油をかけて、塩をかけて食べました。少しおいしかったかな?ケーパーズは、はじめに食べるとおいしいけど、2〜3個食べるとちよっとまずいんですよ。すっぱすぎて・・。加瀬先生は、ケーパーズをたべたことが、ありますか?
 
あのメールの、〔85〕〔84〕のことなんですけど、あの写真は、どこなんですか?教えてください!お返事待ってます。アディオス!

          
    
 
       スペインの人たちが野菜サラダにかけるドレッシングは、オリーブ・オ
         イルと赤ワインを発酵させたビナグレ
(写真左)。黒豚の腿を塩漬けにし、
         発酵させた「ハモン・セラーノ」 「ハモン・イベリコ(写真右)」は、赤ワ
         インのつまみ「タパス」としていただきます。


 Q 加瀬先生お返事ありがとうございます。大真です。ヒマワリの種は、くるみみたいな味でびみょうな味でした。ひまわりの油は味がしませんでした。ケーパーズはすっぱくてあまりおいしくありませんでした。加瀬先生ハモンセラーノをうすぎりにしたものはよだれがでるほどおいしそうです。加瀬先生84番の写真にのっている高いたてものは、なんですか?お返事まってます。
 
  こんにちは!加瀬先生。ぼくは、友樹です。お返事ありがとうございます。ちょっと前にスペイン産のケーパーズを食べました。みんなすっぱいと言っていました。でもぼくは、とてもおいしかったです。加瀬先生は、食べたことありますか?84の写真は、アランフェスの上から見た写真ですか?ぼくは、ハモン・セラーノを食べる時ワインといっしょに食べたいです。スペインでは、何才からワインを飲んでよいのですか?7日の日に昔のことを話しにコミュニティゲストの先生が5人来てくれました。一番楽しかったのがはねつきと、竹トンボがおもしろかったです。ぼくは、竹トンボは、飛ばすだけかと思っていたけど飛ばして、取ることもできることをはじめて知りました。ホントにおどろきました。 お返事待っています。 アディオス!

                          
            
 男沼小学校4年生の総合的な学習の時間での「国際理解教育」「情報教育」の
         取り組み。画面を見
つめる児童の真剣な表情に、授業の深まりが感じられる。

                     
                 
 埼玉県大里郡妻沼町立男沼小学校4年生児童の「総合的な学習
            の時間」中間発表の取り組み。


                         
            
  「国際理解教育」「郷土学習」の取り組みで熱心にメモをとる男沼小学
           校4年生児童(写真左)、
竹馬指導では地域の皆さんと連携し、4年生
          児童が熱心に挑戦(写真右)


 
 春香さん、萌乃さんの質問に答えます。ヒマワリ油をサラダで食べたのですね。スペインの人たちは、オリーブ・オイル等の植物性のオイルはサラダにかけて食べることが多いんですよ。もちろん加瀬先生も、レタスやトマト、アスパラガスのサラダに植物性のオイルをかけて、さらにビナグレ(写真)という、赤ワインを発酵させて作った酢(す)をかけ、塩とコショウを少しかけます。とてもおいしいですよ。84と85の写真は、加瀬先生の住んでいるアランフェスの隣にあトレドの街です。かつて、スペインの首都だった歴史のある街です。フェリペU世と言う王様がスペインを治めていた時代に栄えた街です。
 
男沼小学校4年生の皆さんは、総合的な学習の時間に、地域の皆さんから竹馬の乗り方とか、竹トンボの作り方や飛ばし方、そして飛んでいる竹とんぼのつかみ方など、たくさんのことを学んでいますね。とてもよいことです。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんからいろいろなことを学んでください。加瀬先生もスペインから応援していますよ。
 A 大真君、友樹君の質問に答えます。ハモン・セラーノは黒豚の腿を塩漬けにしたものを、高原の特殊な室で熟成・発酵させてつくります。この間、火は一切使いません。生のままです。黒豚は、ドングリの実で育てた黒豚が一番上等なハモン・セラーノとなります。写真でもわかると思いますが、マドリッドの旧市街へ行くと、生ハム専門店があり、100グラムとか200グラムとか、こちらの注文で売ってくれます。加瀬先生は、いつも200グラムくらい買います。ワインは、スペインでも大人にならなければ飲んではいけないんですよ。

 
為替相場の不思議
 
大学の後期授業も終了し、夏休みに入る前に、日本へ一時帰国するための航空チケットの手配をしました。いつものように、マドリッドの旅行代理店でJALのマドリッド〜東京往復便のRQを入れましたが、妻と二人分で1484ユーロです。この時の為替相場が1ユーロ=約120円。その後、しばらくユーロとドル、円でもみ合いが続き、私がチケット代金を支払う6月中旬の時点では、ユーロが円に対して猛反発をして139円まで上げました。さあ、支払いをどうするか・・いつもは東京の銀行のVISAカードで円建ての支払いをしているのですが、今回はRQを入れた時点では1484ユーロ=約178080円。支払い期限の6月中旬時点では1484ユーロ=206276円(YAHOOJAPAN FINANCE 平成15年6月15日調べ)です。いつものように円払いですと28196円の為替差損が生じます。私は、日本の銀行にデポジットしてある円のファンドと、マドリッドの銀行にデポジットしてあるユーロのファンドに分けてカードを持っていますから、この場合は、マドリッドのカードでのユーロ払いのほうが28196円の為替差益があるわけです。もちろん今回は、ユーロで払いましたよ。

 海外で生活をしておりますと、外為相場をしっかりと把握するために、毎朝の外為市場の動向を見つめることも大切な生活の知恵となってきます。


 アランフェス名物の「キジ料理」
 
過日、NHKの特派員報告でレポートしました、アランフェス名物の「キジ料理」について、放送の内容を掲載します。

 
NO13  スペイン・アランフェス 加瀬 忠さん

 NHK 2003年10月12日 放送
 
スペイン・アランフェスの美味・珍味に「キジ料理」があります。キジは日本では国鳥に指定されておりますので、そのキジを食べるなんてことはとても考えられませんよね。ところが、ここアランフェスでは、王侯貴族の美味・珍味として「キジ料理」が有名なのです。
 アランフェスの街の大通り「エル・カピタン通り」にあるレストランテ「エル・ファイサン」がキジ料理で有名なレストランです。キジはスペイン語でファイサンと言いますから、キジの名前がそのままレストランの名前になった店です。

 さて、スペイン料理では、テーブルに着くと先ず食前酒をいただきます。スペインの南部へレス産の、香りの良いシェリー酒が一般的です。次にプリメロ・プラトとしてスープかサラダ類が出てきますが、どちらかを選択します。セグンド・プラトは、メイン・ディッシュとなりますので、ここでは肉料理か魚料理を選びますが、本日は「キジ料理」をいただきにきたのですから、ワインも重い赤・・そう、リオハのマルケス・デ・カセレスの94年レセルバが合うと思います。ワインはいただく前にテイスティングしていただきます。さて、キジ料理の味は、ウサギの味に似た、淡白であっさりとした味で、いかにも王侯貴族の好みそうな柔らかさです。
 コースの最後はデザートですが、クレマ・デ・カタランかニッキの香り豊かなナティージャがよろしいかと思います。食後は、小さ目のカップに濃いエスプレッソ・コーヒーをいただきます。                                                                アランフェスの街より、加瀬 忠。


                       
           アランフェスの街の「キジ料理」専門レストラン「エル・ファイサン」
                  (
写真左)と、キジ 料理(写真右)