マドリッド通信−89

フェリペU世大学・翻訳学部

PROFESOR   加 瀬  忠

 
オーラ ケ・タール?
 
太陽と情熱の国スペインでは、このところ日中の気温も15〜20度に上がり、半袖で過ごす若者たちの姿も目につくようになりました。離宮庭園の植え込みでは、パンジー、デージー等が色鮮やかに咲き誇り、ラ・マンチャの春も、羊の大群の移動と共に、もうすぐそこまで来ているようです。

 EU・「深化と拡大」
 1999年1月、EU(欧州連合)は金融決済でユーロを導入、その後2002年1月にはユーロの紙幣、硬貨が加盟各国で流通して5年の節目を迎えました。総人口約3億7500万人、名目GDPは8.5兆ユーロ(2000年6月・海外経済データ)の誕生は、21世紀の世界経済が、米・日・EUの三極に収斂されるという、かねてからの私の持論を裏付けるに十分な巨大経済圏を形成しつつあります。
 
さらに、今年の5月にはポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、バルト海沿岸の旧ソビエト3国のエストニア、ラトビア、リトアニア等を加えた中・東欧10カ国のEU加盟が固まり、2004年5月以降は実に25カ国体制となります。NATO(北大西洋条約機構)とワルシャワ条約機構がジョイントし、ひとつの国になるのですから、壮大な歴史のドラマを感じさせます。東・西ヨーロッパの国境は、かつて米・ソの対立、東西冷戦の最前線でありました。それぞれはNATO(北大西洋条約機構)軍とワルシャワ条約機構軍としてことごとく対立し、一触即発の危機を何度も経験してきました。その北大西洋条約機構軍とワルシャワ条約機構軍が一つになるのです。私は長い間、日本の中学校と在外の教育施設で世界の歴史を教えてきましたが、かつて戦争以外の民主的な話し合いの方法で、自国の主権の一部を委譲した例があったでしょうか・・。私の知る限りにおいて、過去の歴史では例がありません。静かな話し合いと民主的な手法による「自国の主権の一部委譲」は、欧州だからこそ実現出来た「壮大なる歴史的な国家の実験」であると私は思います。
 
しかし、中・東欧諸国の新たな10カ国参加は、まだ「EU・深化、拡大する欧州」の第二ラウンドでありまして、その先にはロシアの参加というシナリオも十分に考えられますから、21世紀の世界は、国家(領土・人民・主権)の概念を問い直す時代になっているのかも知れません。

  経済格差・収斂基準をどうするか
 「深化と拡大」は、EU統合のコンセプトでありますから、今後も拡大路線を走ることは十分予想されますが、東西間の経済的な格差をどのように克服するのかが残された課題となります。何しろ、新たに加盟する予定の中・東欧圏諸国の一人当たりの国民所得は、平均してユーロ圏諸国の3割にも満たないのです。生産・流通・販売の過程で、資本主義の原理とキャッシュ・フローの概念を理解していない国民に対して、知的付加価値の高い物をつくると言う、きわめて難しい注文を出すわけですから、日本経済のような生産性・効率性が定着するまでには、かなりの時間が必要だと思われます。
 
また、もう一つの問題点として、中・東欧諸国の財政赤字や高インフレ率があります。何しろ、中・東欧諸国の平均財政収支比率は−4.6%(ゴールドマン・サックス推計)であります。EUに加盟するには、五つの厳しい収斂基準がありまして、その一つに「政府の財政赤字が名目GDP(国内総生産)の3%以内に収まっていること」と言う項目があります。この厳しいハードルをクリアーする為に、スペイン等EU加盟の多数の国々は「景気か財政か」の論争以前の問題として、健全財政を志向しそれを達成しているわけですが、この収斂基準破りがEU加盟の他の国々に波及するようなことになりますと、私の持論である「統一通貨ユーロの導入事体が戦争抑止力になり得る」と言う説は、説得力がなくなります。

                   

                   
深化・拡大路線をすすむEU。2004年5月か
              らは25カ国体制となる。

 
ユーロ・「基軸通貨」への道

 
ここ数週間の外為市場でのユーロの動きを見ておりますと、ユーロの米ドルに対する反発が目立ちます。今朝(2004年1月28日)の外為市場の相場は、1ユーロ=1.25ドルまで上げており、1.3ドルも視野に入ってきました。また、円に対しても1ユーロは133円前後でもみ合っており、ユーロ高基調が目につきます。
 
かつての世界経済は、輸出入の決済通貨として米ドルがその機能を果たしてきました。ところが最近、私の調査した限りにおいては、EUの周辺諸国でも商品にユーロ表示をする国・地域が目立ってきました。物の価値を計る物差しは、通貨の第一の機能ですから、物価をEU諸国と容易に比較出来るユーロ表示に切り替えて、自国の物価の安さをアピールしようとする行為は、それ自体が自然な経済行為でありますので、ユーロの周辺諸国への拡大は自然な姿であり、自明の理であると受け止めることが出来ます。
 それでは、ユーロが米ドルと共に「基軸通貨」になり得るか、その可能性を探ってみようと思います。
 
先ず、国際資本市場での起債額のシェアを見てみますと、かつて、ここでは米ドルが約50%で他の通貨を圧倒していたのですが、2003年には、その割合がユーロ50%、米ドル36%(2004年1月18日付、日本経済新聞)と、その立場が逆転しているのです。米国が抱える経常赤字と財政赤字という双子の赤字が市場参加者に心理的な不安感を与え、ドルからユーロへの流れを加速しているのだと思われます。
 
このように見てくると、ユーロが米ドルと共に、世界貿易の中で、基軸通貨としての地位を築くのは時間の問題、市場の必然であるかも知れません。大欧州時代の幕開けは、大きな歴史の流れを感じさせます。

  


統一通貨ユーロの導入自体が戦争抑止力になる

 
21世紀の世界経済は、米・日・EUの三極に収斂され、且つEU域内では、統一通貨「ユーロ」が導入されたことにより、当分の間、ヨーロッパを舞台にした戦争は起こらない・・と言う二つの視点が、ヨーロッパ・スペインからEUを見つめている私の持論であると、「マドリッド通信」で何回も発信してきました。
 
 
過去、古くは普仏戦争や百年戦争、近年では第一次世界大戦、第二次世界大戦等ヨーロッパを舞台にした戦争は、各国が自国の通貨を増発することによって戦費を賄ってきましたが、統一通貨「ユーロ」の導入により、物理的にそれが不可能となり、それ自体が戦争抑止力となりうるからです。

 
EU加盟の「収斂基準」を守ることが前提です

 
ところがEU域内で、2002年及び2003年(見込み)の財政赤字がGDP(国内総生産)比3.04%〜4.2%(平成15年3月8日付及び9月17日付日本経済新聞)、と言う明らかな収斂基準のルール破りをする国が出てきました。
 
EU加盟の為の財政赤字比率を3%以内に収めるという、収斂基準が守られないと、財政赤字に歯止めがかからなくなり、私の論は説得力がなくなります。

 
フランス、ドイツはEU統合のリーダーでありますから、ここは収斂基準をしっかりと守り、EU統合の求心力が失われるような事体を避ける為、是非財政均衡を達成して欲しいものです。


 私の勤務するフェリペU世大学
 
私の勤務するフェリペU世大学・翻訳学部はアランフェスの街にあります。
 
アランフェスの街は、マドリッドの南45Kに位置する人口43000人の小さな街で、スペイン王室の離宮とホアキン・ロドリーゴのアランフェス協奏曲で知られた街です。
 
私の担当する翻訳学部の学生(写真下)は、将来外交官や翻訳家・通訳、日系の企業を目指している学生が多く、授業をしていても、明るく楽しいラテン人気質丸だしの学生たちです。履修教科は英語、仏語、独語の他に日本語かロシア語を選択履修します。

                  


 
JAPONES−T、U、V、Wの4講座が私の担当する講座です。授業は1講座が3時間の講義と2時間のゼミで構成されていますが、写真でもお分かりのように、授業はほとんどPCと自作の教科書ですすめます。PCのソフトは、日本語とスペイン語のソフトを自分で開発します。時間と手間はかかりますが、負担にはなりません。楽しいですよ。授業の途中での、チャイムとか、全校一斉の休憩時間等はありませんので、担当の教授と学生の話し合いで、それぞれが独自のスタイルで授業をしています。私は、たいてい授業の中間で休憩時間をとります。この休憩時間中に、学生たちの大部分は学内のレストランテでメリエンダのボカディージョをかじっています。私は、バルでカフェ・コルタードを飲み、後半の授業にそなえて英気を養います。

 
「あいさつ」は、日本式を持ち込んでいます
 さて、私の学部の授業は、私自身の日本の中学校教諭時代からのスタイルをそのまま持ち込んでいます。授業の始まる前に、当番の学生が「起立」「礼」「着席」と号令をかけ、あいさつをします。出欠は、大きな声で「はい」と、返事をしないと何回でもやり直しです。講義の最中も、しばしば指名をして答えさせますが、このときも「はい」の返事が悪い学生はやり直しです。
 
スペインの学生たちは、大学入学以前に号令であいさつをするというような生活経験がないし、また、当番という概念が理解出来ずに、最初はかなり戸惑いがあるようですが、私の講座を選択した学生には、PROFESOR加瀬のやり方を理解させています。スペインの学生たちも、こちらのコンセプトを理解すると指導を受け入れるのが早いです。

 
私の模索する答えのない教育
 私は、長い間日本の中学校で勤務してきましたが、日本の中学校では、文部省の学習指導要領に沿って年間カリキュラムを作成し、カリキュラムの枠内での授業を実践してきました。しかし、日本の小・中学校での授業は、私の模索する「答えのない教育」とは少し距離があり、私自身の理想とする教育は具現出来ていなかったのですが、在外の教育施設、マドリッド日本人学校・補習授業校、そしてフェリペU世大学・翻訳学部と、次第に私の模索する「答えのない教育」が手元に近付き、少し見えてきたような気がします。



                    
国際化の時代に求められる教育

― 私の模索する答えのない教育とは ―

 
我が国にとっての20世紀は、ものを大量に作ってそれを世界の国々に売リ、外貨を稼いで成長を続けてきた時代でした。主として自国だけの資本と技術、そして自国の労働力で知的付加価値の高い製品を大量に生産し、しかも価格競争力で他国を圧し、輸出していたのです。20世紀の中葉から後半と言う時代はそれが出来た時代でした。1、980〜90年代は、より大きく、早く、重厚長大こそが価値ある時代だったのですね。

 
 
ところが、21世紀の世界はそれだけの時代ではないような気がします。インターネットで情報を収集し、その情報を取捨選択して自分の情報を加味し、個人がその情報を発信する社会になっていると思うのです。インターネットの情報は、ヤフー・ジャパン等の日本語バージョンの情報を除いては、その80〜85%以上が英語です。ここでは、英語の情報を収集し、英語で考える情報が求められます。ソフトウエアを英語で駆使できる人材(児童・生徒)を育てなければなりません。このような時代に求められる教育は、「答えが一つだけではない教育」言い換えれば「答えのない教育」も模索しなければならない時代だと私は考えています。発信する情報を自分で考え、自分で創りだし、その情報の普遍性・価値を他者と英語で競う時代ですから、従来の「答えが一つだけの画一的な教育」だけでは他国に遅れをとります。私たちが取り組んできた、日本の小・中学校教育のカリキュラムの画一性・硬直性が21世紀の教育には馴染まずに、限界があるのです。

 教師が常に強く意識し、イメージする児童・生徒・学生像

 
 
豊かな個性と強烈な独創性、課題を自分のものとして、それをクリエートすることが出来るフレキシブルな発想と行動力を併せ持った児童・生徒・学生を育成する教育こそが、21世紀のIT(情報技術)時代に求められる教育であると、私は考えています。

 
 
私が長期的に展望する児童・生徒・学生像と教育

 グローバルな世界の中で、組織に守られなくても自力で生きてゆける強い人間を育てることと、そのための教育。

  2月は前期試験中です
 
スペインの学校・大学は、日本のように4月が新学年ではなく、9月から始まります。2月上旬が前期試験週間ですので、学生たちは今、前期試験で頑張っています。

              

                     
アランフェスの大学通り。左側の建物がフェリペU世大学・
               翻訳学部

 
アランフェス・マラソン
 
過日、アランフェスの離宮庭園を会場に、アランフェス・マラソン大会が行われました。スペインは、サッカー、テニス、バスケット、自転車等のスポーツが盛んな国ですが、マラソンでも強い選手が育っています。ラス・ロサスの街に住んでいた頃は、良くマドリッド・マラソンに参加していたのですが、アランフェスの街に住むようになってからは、初めての参加です。種目は5キロの部と10キロの部があり、誰でも参加出来ます。日本のように、年齢別、男女別というような参加区分はなく、大人も、子供も皆一緒なのです。私は、離宮庭園を一周する5Kの部に参加しました。

              

                           5Kの部中間点「農夫の家」付近。

 
王宮庭園を会場にした市民マラソン大会など、日本ではとても考えられませんよね。スペインという国は、日本人の私から見ると、とにかく驚くことが多いです。マラソン大会とは直接関係ないんですが、私たちがベルナベウ・サッカー場へ、レアル・マドリッドの試合の応援に行きますでしょう、そうしますと場内アナウンスで「皆様、本日はカルロス国王がレアル・マドリッドの応援に見えてます」と放送すると、キャプテンのラウルの案内で国王がサッカー場を颯爽と歩いて10万の観衆に手を上げて挨拶するんですから。
 
さて、私の5Kの部ですが、予定では1Kを4分30秒で、周りの王宮の景色を見ながら楽しく走ることを目標にしましたが、最初の1Kを4分で入ってしまいました。やはりまわりにたくさんの人がいると、力が入ってしまいますね。2K以降は予定通りの4分30秒に戻し, ゴールしました。

                

                                
あと1Kの直走路。

 

やはりおかしいよ「あいさつ」         

                   (マドリッド通信48号の再掲)

 
日本へ一時帰国していつも不思議に思うんですが、マーケットなどへ買い物に行って、レジの前で並んで待っていますと、レジの係りの人が「いらっしゃいませ」「こんにちは」と一生懸命にあいさつをしているのに、されている方はほとんど黙っているのですね。会計が終って帰る時にも、係りが「有難うございました」「またどうぞ」と言ってるのに、ほとんどの人は相変わらず無言なんですね。あの光景すごく変ですよ。


 
近所の人たちと道で逢ったとき等にも同じようですよね。良くあいさつの出来る人と、全くあいさつの出来ない人とがいて、あいさつしてもらえなくても、こちらが何度も逢うたびに「おはようございます」「こんにちは」と、あいさつを続けていても、やはり出来ない人もいる。人は「逢うた時に笠を脱げ」、あいさつが大事です。


 
私がスペインで前に住んでいたラス・ロサスの街でも、今住んでいるアランフェスの街でも、人とのかかわりあいは、先ずあいさつから始まります。「オーラ ケ・タール?(やあ・・お元気)」「ビエン・グラスィアス イ・トゥ(とても元気よ、有難う・・あなたは)」のあいさつの後、両ほほにベソをします。ラテン民族の「オーラ アミーゴ(やあ・・友だち)」のあの大らかさ、明るさはとてもいいものです。
 日本の子たちは、親子でのスキン・シップが不足しているように思うのですが。
もっと我が子を抱きしめて、心と体の温かさを伝えることです。