マドリッド通信ー106

フェリペU世大学・翻訳学部
PROFESOR   加 瀬  忠


  

   伝統的
なワイン造り

 − スペインのおいしいビノ(赤ワイン)が出来るまで −
 
スペインのワイン造りは今ではすっかり機械化され、圧搾から浄化・発酵まで、全て近代化された工場でオートメーション生産されていますが、マドリッドの郊外、サン・ビセンテ村に住むカルロスさんのワイン造りは、今でも収穫された葡萄を長靴で踏み潰し、巨大なかめで発酵させるという伝統的なワイン造りの方法を保っています。
 抜けるような秋晴れの続く9月下旬の土曜日に、「ワインを仕込むから」という電話をカルロスさんからいただき、妻と共にサン・ビセンテ村へ出かけ、スペインの伝統的な「ワイン造り」を村の人たちと共に体験しました。

             

                
サン・ビセンテ村の葡萄畑。照りつける太陽と冷涼な気
           候、石灰質や粘土
質を多く含んだ土壌が良い葡萄を育て、
           スペイン・ワインとなります。

 
葡萄の収穫から破砕まで
 
よいワインは、よい葡萄造りから始まります。乾燥した冷涼な気候と石灰質の良い土壌、そして照りつける太陽が糖度の高い良い葡萄を育てます。
 
スペイン・ワインの歴史は、紀元前100年前後、ローマ共和国がイベリア半島を支配していた頃からといいますから、2、000年以上の歴史があるわけで、その頃より、この伝統的なワイン造りの手法が伝えられているのです。

           
     
 
スペインワインの代表的な葡萄品種、ガルナッチャ・ティンタ種(写真・前ページ左)とテンブラ二−リョ種(写真・同右)。ガルナッチャ種もテンブラニーリョ種も、共に歩どまりの良い品種で力強く、且つ繊細で非常に香りが良いため、リオハ、ナバーラ、ラ・マンチャを中心に栽培されており、スペイン全土の作付面積は17万ヘクタールに及びます。スペイン産ブドウのスター的存在であるこのテンブラリーニョ種のブドウをラ・マンチャでは「センシベル」と呼んでいます。

 収穫された葡萄は、大きな樽一杯に詰められて運ばれて来ます。サン・ビセンテ村で収穫された葡萄は驚くほど糖度が高いです。運び込まれたばかりのとれたての葡萄を一房失敬して食
べてみたのですが、とても甘く、口中一杯に葡萄の香りが広がりました。葡萄って、こんなに甘くて美味しかったかなー・・。この運び込まれた葡萄を、分銅のついた昔の秤で二人で担ぎ上げ、重量を計るのです。

                

 
           懐かしい分銅のついた秤で重量を計る。樽一杯で60〜70
 
                 Kg。目方を計った葡萄は、写真の場所から地下室への蓋が
             開けられ、地下室へ落とされます。

 
破砕・浄化は長靴で
 
さあ、次の工程が破砕、つまり長靴をはいて軽く葡萄を踏み潰し「Lagrima()」という葡萄の最初の液体を搾り出すことです。
 
肩を組み、歌をうたいながら足踏みをして葡萄を踏み潰します。「Sr.加瀬、まあ一杯やろうや」と、かめの中のワインを飲みながらの作業となりました。こうなると、スペインの人たちは、仕事を楽しむことの達人です。「今、この仕事を仕上げる」為に「頑張る」のではなく、仕事そのものを楽しんでしまうのですね。この辺が、私たち日本人と違うところだと思います。
 
ここでも妻と共に出来たての「Lagrima(葡萄の涙)」をコップに一杯飲んでみたのですが、もう文句のない糖度の高いグレープ・ジュースが出来上がっていました。またこの段階で、ブドウ果汁に含まれる糖分と酸味の量と割合が計測されますが、カルロスさんの話では、「サン・ビセンテ村のブドウは糖度が高いので、少し調整する必要があるのです」・・と言うことでしたが、この糖分がアルコールに発酵してくれるわけですから、おいしいワインが出来上がるわけですね。

 貴腐ワイン

 サン・ビセンテ村で採れるテンブラ二−リョ種のブドウの中には、時々萎びてしまっているようなブドウを見かけます。良く見ると、これは、ブドウが萎びているのではなく、微生物の作用によって糖の濃度が濃くなっているブドウなのですね。踏み潰す前のこの貴腐ブドウの味見をしたのですが、なるほど、糖度が高く実に甘いのです。この微生物の作用で出来た高濃度のブドウのみでつくったワインを「貴腐ワイン」といってワイン造り仲間では大層珍重され、私たちにはなかなか手が届かないような貴重な「貴腐ワイン」が出来上がるのです。

                

  
          地下室で肩を組み、歌を歌いながら一杯機嫌で「Lagrima(葡萄
 
          の涙)」を搾り出す楽しい作業。マラソンをしているような感
            じです。

 長靴で踏み潰された搾り汁は、手作業でていねいに固形物が取り除かれ、除梗されてかめの中に入れられます。赤ワインにする為には、果汁に果皮を加えます。こうすることによって、ビノ・ティント
( 赤ワイン)のオレンジがかった上品なVioleta色の、科学を超えた芸術品が出来上がるのです。

 発酵とソンブレロ
 
発酵は、葡萄果汁に含まれる糖分をアルコールに変化させるプロセスです。搾りとられた果汁は、大きな瓶に入れられて発酵・熟成するのですが、葡萄の果汁が発酵することによって発生する二酸化炭素は、果皮を押し上げ、ソンブレロ(帽子)と呼ばれる層が出来上がります。
 
ビノ・ティント(赤ワイン)の赤い色をきれいに出すためには、ソンブレロの果皮をかき混ぜて毎日面倒を見るなど、わが子をいとおしむように可愛がってあげるのです。
                    

 
                 長靴で踏みつけ、搾り出された葡
                   萄の果
 汁を、左右の大きな瓶で発
                   酵させます。


 9月下旬に仕込んだビノ・ティント(赤ワイン)が2〜3週間後にはうまく発酵してソンブレロ(帽子)をかぶり、熟成も順調にすすんだので「まあ、とにかく飲もうや」と、カルロスさんからの誘いです。スペインの古い村では、古来よりワインの蔵出しの日は「月が満月から次の新月に至る下弦の月の日」を選ぶと、おいしいワインが出来るという言い伝えがあり、村の人たちは今でも皆この言い伝えを守って、その年に仕込んだヌエボ(新酒)は、12月の第一週前後の蔵出しになるのだと言います。

 
ラ・マンチャのワイン
 
おいしいワインが出来る条件は三つあります。先ずブドウの品種です。サン・ビセンテ村やラ・マンチャのジェぺ村では濃いビオレタ色のガルナッチャ・ティンタ種を多く使います。次が気候で、年間の平均気温が10〜20度、夏に乾燥する気候帯であること。そして三つ目が土壌です。「ピレネー山脈をはさんでフランス南部からイベリア半島のスペインにかけては土壌が石灰質であるから、ワイン造りには最も適した地域である」と、私は中学校の社会科の授業で何度もとりあげ、知識としては知っていましたが、ジェぺ村へ入って「目から鱗が落ちる」思いがしました。目の前で石灰岩の露天掘りが大規模に行われているのです(写真次ページ)。
 おいしいワインが出来るわけですよ。ラ・マンチャ地方の真っ只中で石灰質の土壌に恵まれ、夏にはほとんど雨が降らない、さんさんとふりそそぐ太陽がブドウの糖度を高め、その糖分が発酵してワインになるのですから。
 へミングウェイが著書「日はまた昇る」の中で、スペインのワインについて「スペインには美味しいワインがたくさんある。リオハとかイエペ(スペイン読みではジェペとなる)のワインは実に美味しい」と、ジェぺ村のワインを絶賛しているのをみても、リオハ及びラ・マンチャのワインの品質のよさが分かります。

              

 
      石灰石の露天掘り。中央白く見える部分は全て石灰岩層で、セメントの
 
      原料となり、トラックで運び出されていた。

 酵母と酵素が発酵・熟成の主役
 
ブドウの糖分が発酵してワインとなる「その過程」を、もう少し詳しくカルロスさんに聞いてみました。「ブドウ果汁の発酵は、真菌類と言う酵母と酵素がつかさどるのです。さらに、このブドウ果汁発酵の主役を演ずる真菌類は、もともとブドウ畑の土壌の中に存在し、風に運ばれてブドウの皮に付着するのですから、自然の摂理と言うものは全く不思議なものです。」と話してくれました。

 圧搾
 
発酵が終わると、押し上げられていたソンブレロは、瓶の底へと沈殿し、ワインはいよいよ透明度を増します。瓶の底にたまったソンブレロから直接取り出すワインを「引抜酒」といい、ブドウの果皮を圧搾して造るワインを「圧搾酒」と言います。「圧搾酒」は、タンニンを多く含み、やや渋みが強いのが特徴ですが、熟成すると重いワインが出来上がります。

 ワインの熟成
 
発酵・清澄の後、ワインはボデガの樫の木の樽で寝かされます。この間ボデガの気温は5度から8度前後に保たれます。

 クリアンサ
 
樽、その他の容器で、最低2年以上熟成させたビノ・ティント(赤ワイン)をクリアンサと呼びます。リオハ、ナバーラ、ラ・マンチャ地方で生産されるビノ・ティントも、クリアンサクラスになりますと、かなりおいしいワインとなります。

 レセルバ
 
樽とボトルで36ヶ月以上熟成させ、そのうち12ヶ月以上は樫の樽で熟成させたものが、レセルバとなります。

 グラン・レセルバ

 
樫の樽で24ヶ月以上熟成させた後、36ヶ月以上ボトルで熟成させたものを、最上級のグラン・レセルバと呼びます。リオハ産の1994年、95年のグラン・レセルバは特に上等ですので、スペインの思い出に是非味わってみてください。このクラスで、一本30ユーロ(約4050円)前後。

               

                   S
.ルイスのボデガ(酒蔵)。2003年産のビノが眠っている。

                             

 
「お前なー、出来たてのビノはチビチビと飲むんではなく、こうやって飲むんだよ。闘牛の時もサッカーの応援の時も同じだけれども」。ポロンから豪快にビノを飲むルイスさん。
 
スペインの人たちが闘牛場やサッカー場で「ボタ(皮袋のビノ入れ)」でビノを飲んでいる光景を良く見かけます。ボタと言うビノ入れは、よく考えたものです。乾燥したステップ気候帯に生きる人たちの生活の知恵と感心します。ラ・マンチャの真夏などは気温が40度を超えますから、ビノが熱燗になってしまうんですが、それでもボタの中に入ったビノは、気化熱の作用で適度な温度を保ち、いつもでも飲み頃となっています。