EU統合後のスペイン
                             
元フェリペU世大学
                              翻訳学部 加瀬 忠

 プロローグ
 EUの統合・拡大に合わせ、ドイツ、フランス、スペイン等ヨーロッパの国々が発展する過程を、「EU統合の歴史的必然性」として変貌するヨーロッパを歴史的な目で俯瞰し、収斂する姿を「歴史的な必然性」と捉えて統合前後のヨーロッパを紹介しました。
 今回は、EU統合後のスペインを、リアル・タイムでレポートします。
 
スペインは、1、986年にEC(ヨーロッパ経済共同体)に加盟し、1993年のEU発足と同時に加盟国となりましたが、久しぶりにバラハス空港へ到着し、出入国管理、税関検査を受けながら「スペインも変わったな」と言う強い印象を受けました。
 
筆者は、TOKYO発11時20分のイベリア航空直行便へ搭乗したのですが、乗り換えなしでの13時間のフライトは快適な旅でした。
 MADRIDのバラハス空港は、新しく第4ターミナルが完成し、出入国手続きがスムーズになりました。税関検査なども、以前は荷物が出てくるまで長い時間待たされたものですが、てきぱきと迅速に処理してくれ、大層便利に感じました。空港からホテルへはタクシーを利用したのですが、タクシー料金も、市内のホテルまで35ユーロと決められており、安心して乗ることが出来ました。

 
5月29日(月)午後6時30分に予定通りマドリッド到着。バラハス空港第4ターミナルから電車で移動し、出入国管理、税関検査とスムーズに進み、太陽がまだ沈まない午後9時前にホテルへチェック・イン。この国の、この時期の日没は9時半くらいなので、さっそく近くのバルへ。ワインとオリーブで旅の疲れを癒す。

 
5月30日(火)起床6時半。日本と生活時間が逆になっているので、よく眠れなかった。この後、時差による体内時計の調節には大層苦労する。
 
朝食は、パン、コーヒー、ヨーグルト、野菜・サラダとチョリソ、チーズ。ホテル滞在中は、大体同じようなメニューだった。
 
朝食の後、地下鉄でソル駅からマヨール広場へ。大道芸人のパフォーマンスや音楽の演奏を期待したのだが、EUの統合後は、昔のマヨール広場ではなくなってしまったのが何とも残念。マヨール広場から改装なったサンミゲル市場へ。中は相変わらずの混雑で、タパス、ピンチョスの小皿でビノ、ビールを飲ませてくれるバル、大西洋から運ばれてくる黒マグロやメカジキを店頭に並べたペスカデリア、朝から晩まで照りつける太陽に育てられた真っ赤なトマト、メロン等がフルータスに並んで商品とサービスを競っており、スペイン社会の変化を感じさせる。サンミゲル市場から再びソル駅近くのチュロス専門店のサン・ヒネスでチュロス・コン・チョコラッテを注文。朝食を食べたばかりなのに、この店の揚げたてチュロスは一皿食べられてしまう。

      


 
5月31日(水)午前中は、地下鉄プラサ・デ・エスパーニャ駅から徒歩でデ・ポー神殿の丘へ。この神殿はPlaza de España近くのクアルテル・デ・ラ・モンターニャ広場に設置された紀元前2世紀のエジプトの神殿です。アスワン・ダム及びアスワン・ハイダムの巨大ダム建設で水没しないよう、エジプト(アラブ連合)政府からスペインへ寄贈されたものです。

      

 
クアルテル・デ・ラ・モンターニャ広場の急斜面を下り、王宮から再びスペイン広場へ出て、ムセオ・デ・ハモンのバルでしばし休息し、地下鉄オペラ駅から徒歩でレストランテ「ラ・ボラ」へ。

 レストランテ「ラ・ボラ」でマドリッドの郷土料理の昼食
ラ・ボラのコシードは、マドリッドの郷土料理として知られた店です。



          
 コシードは、ガルバンソス(ひよこ豆)、牛肉、チョリソ、モルシー
 ジャ、キャベツ、ジャガイモ等を煮込んだマドリッドの郷土料理です。

 プリメロ・プラトは、煮込んだスープをいただきます(写真上)。

 セグンド・プラトで、ガルバンソス、キャベツ、ジャガイモ等の野菜類
 が出てきます。ここまでで、食欲のペースを上げすぎると、テルセロ・
 プラトの肉類のペースが落ちてしまいます。

      
  
      

 
そしてテルセロ・プラトで、待ちに待ったお目当ての肉類、チョリソ
  モルシージャ、ハモン・セラーノの登場となります(写真上・下)。

 
6月1日(木)バスでセゴビアへ
 
朝食の後、地下鉄でモンクロア駅へ。セゴビアへの直行バスは、従来プリンシ・ペ・ピオ地下から出ていたのだが、モンクロア地下のバス・ターミナル発に変更になっていた。セゴビアまでは約1時間のショート・トリップ。道中では、ナバセラーダの山並みを通過するので、ヘミングウエイが「誰が為に鐘は鳴る」の中で描いた共和国政府軍とフランコ率いる反乱軍のスペイン内戦の激しい攻防戦を彷彿とさせる。
 
セゴビアのバス・ターミナルへ到着し、帰りのチケットを手配してから徒歩でローマ水道橋へ。

         
 
 
ローマ水道橋
 
紀元前・後(約2、000年前)、ローマ人によって築かれた水道橋。花崗岩
を積み上げ、セメント等の接着剤を使わずにこの水道橋を作り上げたローマ人の卓越した土木技術に感動を覚える。

 
6月2日(金)AVEでバルセロナへ

 
ガウディーを訪ねて
 
アトーチャ駅8時00分発のAVEでバルセロナへ。サンツ駅到着10時30分。サンツ駅は、AVEの到着ホームと地下鉄が連結しており、回数券を購入すればバルセロナ市内を効率よく回ることが出来て大変便利。
 
サンツ駅から地下鉄5号線でディアゴナル駅下車。グラシア通りを徒歩約200mカサ・ミラが見えてきます。カサ・ミラの屋上へ上がると、そこはガウディー芸術の世界です。

      


 
地下鉄パセジ・ダ・グラシア駅から地下鉄2号線に乗りサグラダ・ファミリア駅で下車し、階段を上って地上へ出た瞬間に、目の前にサグラダ・ファミリアの圧倒的な風景が展開します。

          

          

 サグラダ・ファミリアのファサードを飾る天使の合唱隊は、日本人彫刻家の、外尾悦郎氏の作品です。
地下鉄サグラダ・ファミリア駅から地下鉄5号線をディアゴナル駅で乗り換え、レセップス駅又はバイカルカ駅で下車し、約700m歩くとグエル公園へ到着します。

 
グエル公園
         

 
バルセロナ・サンツ駅19時00分発のAVEへ乗車し、バルセロナ駅構内で買ったハモン・イベリコのボカディージョとエンサラダ・デ・ミスタの弁当を食べていると、アトーチヤ駅へは22時00分に到着しました。

 
6月3日(土)アランフェスへ
 アトーチャ駅4番線ホーム発のRenfeでアランフェスへ。このホームは、筆者がフェリペU世大学勤務当時、マドリッド同時多発爆破テロ事件で200人以上の死者を出した時に、NHKの特派員報告で放送を担当した思い出のホームです。
 
アランフェス駅から、懐かしいマロニエと西洋ポプラの並木が美しい王宮通りを、歩いてアランフェスの離宮へ。

     


 
アランフェス協奏曲
 
ホアキン・ロドリーゴの名曲「アランフェス協奏曲」は、1939年に離宮
の「島の庭園」で曲想を得、ギターの音色にスペインの内乱を託して作曲されました。

 
アランフェスの美味しいもの

        

     

 
アランフェスのバルで食べた、美味しいメロ料理の昼食。メロ(銀ムツ)の煮つけ(上)とメロのア・ラ・ロマーナ(天ぷら)。スペインのメルカド(市場)には、美味しい魚がたくさんあります。スペインの人たちは、魚をア・ラ・バスカ(フライ)にしたり、ア・ラ・ロマーナ(天ぷら)にして、よく食べます。

 6月4日(日)マドリッドのラストロ(のみの市)
 
日曜日は、マドリッドの下町でラストロ(蚤の市)が開かれます。地下鉄ソル駅からマヨール広場を通過し、サンイシドロ教会を過ぎるとリベラ・デ・クルチドス通りを中心にして左右に広がる道にスペイン特産の革製品、サッカーグッズ、何に使うのかわからないようなガラクタに至るまで、何でも広げられています。CD、DVDコーナーでは、思わぬ掘り出し物を探し出すことも出来ます。

     


 
バルでパン・タパスの昼食
 
ラストロを歩き疲れたので、マドリッド下町のバル・アストゥーリアスで一休み。このバルは、パン・タパスの美味しいバルとしてマドリッドで人気の専門店です。

     
 
   カマレロさんに頼んで選んでもらった、パン・タパスの盛り合わせ

           
 
アンチョビーとサラダのパン・タパス モルシージャとピミエント


           
     ハモン・イベリコとカマンベール アングラス(ウナギの稚魚)

 パン・タパスは、1〜2センチに切ったフランス・パンを焼き、オリーブ・オイルとトマトを薄く塗り、その上に好みのつまみ類各種を乗せただけのタパスです。

      

 
ケソ・マンチェーゴ(羊の熟成チーズ)と
ルメラーダ・デ・ビノ(赤ワインのジャム)です。赤ワインのジャムとチーズの味覚は、私たちの味覚とは少し距離がある組み合わせですが、スペインの親しい友人は、これが大好きです。

 6月5日(月)〜6(火) アリカンテへ
 
アリカンテ・カルぺ方面へのノスタルジックな小旅行。
 アトーチャ駅9時30分発のAVEに乗り、アリカンテ11時46分着。アリカンテ駅では、古い友人のマヌエル夫妻が迎えてくれ、マヌエルの運転する車でコスタ・ブランカの海岸沿いのハイ・ウエイをドライブ。コスタ・ブランカの海辺で、パエジャとサルディーナ・ア・ラ・プランチヤ(マイワシの鉄板焼き)の昼食。アリカンテ近くのバレンシアはパエジャの本場とあって、パエジャの魚介類の美味しさが凝縮された味はさすがだ。また、サルディーナの鉄板焼きも、岩塩の素朴な味が格別だった。コスタ・ブランカの小さな町では、タラ、メロ、メカジキ等、日本でもなじみの魚が水揚げされ、スペインのメルカドに出回っています。

      
 
 コスタ・ブランカの美しい海岸線。正面には、標高322mのペニョン・

    デ・イファック山が聳え、独特な景観となっている。

      
 
     パエジャ・デ・マリスコス(海鮮パエジャ)

      
 
   サルディーナ・ア・ラ・プランチヤ(真イワシの鉄板焼き)

 スペイン・ポルトガルにも、サルディーナ・アサド(イワシの炭火焼き)、サルディーナ・アラ・プランチヤ(イワシの鉄板焼き)があります。コスタ・ブランカ(白い海岸)でとれる真イワシを、炭火と岩塩だけで焼いて、熱いうちにいただきます。

      
 
    オルチャタ・デ・チューファ(カヤ
ツリ草の地下茎からとれる
       スペイン人の夏の健康飲料)

 
6月7日(水) トレドへ
 プリンシ・ペ・ピオ駅から地下鉄でアトーチャ駅へ。地下鉄駅からAVEのホームへは歩いて移動するのだが、駅構内にあるバルは、昔、通勤途上で立ち寄り、よくコーヒーを飲んだものだ。このあたりは、かつて治安が悪く、筆者もかなり神経を使ったものだが、近年は、警備の警察官の姿をあちこちで見かけ、治安は格段に良くなっているように感じられた。
 
アトーチャ駅からトレドへは、AVEの予約はしてなかったのだが、予定の時間より一本待つだけでチケットがとれ、30分で到着した。マドリッドからトレドまでは、AVEの開通によって随分近くなりました。セルカニアで往復していた頃とは雲泥の差だ。
 
トレド駅からは、旧市街を通り越してパラドールのテラスへ。ここから俯瞰するトレド旧市街の眺めは、エル・グレコが描いた「トレドの景観と地図」と少しも変わっていない。

        
 
   タホ川対岸のパラドールから俯瞰したトレド旧市街。

 
6月10日(土)

 
チンチョンへ
  マドリッドの南東へ45キロ。都会の喧騒を離れたチンチョンは、中世の面影を今に残しているアニス酒とニンニクが特産の小さな街です。

     

 
   チンチョンのマヨール広場。秋祭りには、闘牛も行われる。

 
地下のレストランテ「メソン・クエバス・デル・ビノ」

     

 
    地下の大きな瓶は、ワインの貯蔵に使われた。

 
このワインのボデガをレストランに改造してコチニージョ・アサド(子豚の炭火焼き)やコルデロ・アサド(子羊の炭火焼き)、ミガス(ニンニク、チョリソ、モルシージャをパンとオリーブ・オイルで炒めたもの)が特に美味だ。

 
コチニージョ・アサド

        
 
   コチニージョ・アサド(子豚の炭火焼き)は、生後間もない子豚
     を、伝統的な薪を使ったかまどで焼き上げてくれる。

 
コルデロ・アサド

        
 
  コルデロ・アサド(子羊の炭火焼き)も、同じような手法で焼き
    あげてくれる。柔らかい子羊と子豚の料理は、ラ・マンチャの絶
    品だ。

 6月11日(日)
 
朝食の後、先週買いそこなったDVDと絵画を求めて再びラストロ(のみの市)へ。ラストロは、朝早くから相変わらずの混雑。どこからこれだけの人が集まってくるのだろう、と、思うような人だかり。
 サンイシドロ聖堂で礼拝を済ませ、ソル駅前の広場で開かれている即席のマーケットを覘く。サン・グラス、CD、Tシャツ等、自分の欲しいものを見つけて価格交渉をすると、一応値段はついているのだが、ここでは言い値で買う客はいない。客と売主との価格交渉の過程で、何度か「ノー、サンキュー」と言って帰るふりをすると値段はどんどん下がる。筆者は、この光景が面白くてしばらく見ていたのだが、思わず、つられて小物を買い込んでしまった。

 6月12日(月)
 
地下鉄オペラ駅からアレナール通りを歩いてソル駅へ。ソル駅周辺は、かつて、スリ、窃盗、置き引き等の盗難多発地帯で、その治安の悪さからうっかり歩いていられないような地域だったのだが、近年、アレナール通りは終日歩行者天国に生まれ変わり、大道芸人や音楽演奏も通りのあちこちで見かけ、治安も良くなり安心して散策できるようになった。この見違えるようなマドリッドの変化は、街のいたるところで見かける警察力によるところが大きいのではないかと思います。
 午前中は、ソル駅近くの「エル・コルテ・イングレス(スペインの一番大きなデパート)」でスペイン料理の素材の買い物をしてマヨール広場へ。マドリッド市民の散策・憩いの場でもあるマヨール広場のテラス席で昼食。
      

 
     パンは、オリーブ・オイルをつけて食べる

          
 
   ドラダ・ア・ラ・サル(黒ダイの塩釜焼き)は、ドラダを塩でおおっ
     て蒸し焼きにして食べる。

        
 
      ポストレ(デザート)は、メロン・コン・ハモン。メロンを
        縦に切って、ハモン・イベリコと共に食べる。メロンの甘さ
        とハモン・イベリコの熟成した塩味のハーモニー。


  エピローグ
 
久しぶりにスペインを訪れて感じたことは、スペイン経済の活力でした。
 
空港、駅、AVE(日本の新幹線)路線の拡大等のインフラの整備・充実は、筆者の想定を超えたものであった。
 
スペイン経済の伸びは、2017年の実質GDP成長率では、第2四半期で2.7%と予想以上に堅調で、個人消費と企業の投資拡大は予想以上です。また、電気自動車(EV)の生産ラインの立ち上げによる経済への波及効果は、リーマン・ショック以前の力強さに戻ったような右肩上がりの様相です。

 
ストックとフローの差
 
このスペイン経済の底の強さと日本経済の格差は、ストックとフローの差ではないかと筆者は思っています。道路行政、美術館や歴史的な建造物等は、100年先を見据えて取り組んでいますし、古いものを壊して新しいものを作るという発想ではなく、古いものを大切にして新しいものを積み上げると言う発想の上に、スペイン社会があるということを感じました。